人物 昭和時代

吉田茂の元気の素は人を食う?第一次吉田茂内閣。

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吉田茂と言えば、第二次吉田茂内閣でサンフランシスコ平和条約を締結して日本の独立を回復した人だけど、

人を食うというジョークを言ったりバカヤロー解散をしたりと今でも逸話が語り継がれる人物だね。

鳩山一郎が日本1946年の選挙で日本自由党が勝利したのに、公職追放にあって総理大臣になれなかったね。

その後、吉田茂を後任者として推薦して吉田茂が総理になったんだけど、

「金づくりはやらない、組閣は自由にやる、やめたくなったらすぐに辞める」

という条件をつきつけるほど自由な人だったんだね。

 

吉田茂という人物

まず、「人を食う」発言だけど、88歳の米寿を超えてもなお元気な様子に

ある財界人が吉田茂に感激して、「どうしてそんなに元気なんですか?」って尋ねたんだ。

 

すると、吉田茂は、

「君たちとは食っているものが違うからね。」

と答えたそうな。財界人は食べ物で健康でいられるなら・・・と身を乗り出して聞くと

「人を食ってるのさ」

とジョークを言ったそうな。

人食うというのは、人を馬鹿にするという意味だから、吉田茂のお洒落なジョークだったってわけだね。

 

第一次吉田茂内閣の組閣は1946年5月~1847年5月までの事。

日本自由党内閣だけども日本自由党は日本進歩党と連立政権を組んで吉田茂内閣が誕生したんだ。

 

第一次吉田茂内閣では新憲法の公布を行った事がポイントだね。

当時、労働組合の運動が物凄く激しくて1947年2月1日にゼネラル=ストライキが計画されていたんだ。

全国いっせいに鉄道も電気も止めて公務員を含めてストライキをするの。

彼らは収入を月1,800円にしてほしい!という要求を出していたんだけど、政府は1,200円のラインを譲らなかったからストライキに突入していくことになってさ。

でもマッカーサーはストライキの実行を許さなくて、二・一ゼネストは中止。

マッカーサー:「総選挙したほうがいいんじゃない?」

という事で吉田茂は総選挙を実施。

で、吉田茂の日本自由党は、日本社会党に負けて政権を譲る形になる。

幣原喜重郎 → 吉田茂 → 片山哲 → 芦田均 → 吉田茂

という順番だね。

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