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山本権兵衛内閣が総辞職した原因のシーメンス事件。

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人物にフォーカスしていくシリーズ。

今日は山本権兵衛だ!

尾崎行雄の第一次護憲運動にて桂太郎内閣はわずか58日で退陣となってしまったわけだけども、

その後に総理大臣になったのは海軍に精力を持つ薩摩閥の山本権兵衛さ。

もちろん山本権兵衛は尾崎行雄の立憲政友会を与党とするんだけども、

大学受験の日本史に必要な情報だけをピックアップしていくよ!

 

山本権兵衛という人物

山本権兵衛でおさえておきたい内容は

・1904年日露戦争の時の海軍大臣
1900年に制定された軍部大臣現役武官制の改正
・シーメンス事件

だ。こうやってまとめて覚えておくと受験に役立つね。

 

1900年の第二次山縣内閣の軍部大臣現役武官制が公布されてさ。

陸軍大臣と海軍大臣は現役の大将・中将のみ!という事だったんだけれども、それじゃ厳しすぎるってわけで対象を現役規定を削除したわけだね。予備・後備役にも拡大したのさ。

実は、この山本権兵衛の登場までは軍部の横暴で陸軍大臣が決まらなくて組閣できないぃ!

みたいな事があったんだけど、軍部大臣現役武官制の事実上の廃止で、そういった事がなくなったのさ。

 

シーメンス事件とは?

1914年に海軍の高官たちが

ドイツのシーメンス社
イギリスのヴィッカーズ社

とズブズブの賄賂を繰り広げていた事件だね。

さぁ!思い出してね。

山本権兵衛は海軍出身の実力者だから野党はブチ切れたわけさ。このときは野党を中心とした群衆が国会議事堂を取り巻くほどの大騒ぎになったのさ。

このシーメンス事件で第一次山本内閣は総辞職したわけさ。

 

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