まとめ

第二次世界大戦の原因ときっかけをわかりやすく。大学受験生向け。

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まとめ記事です。

大学受験生向けに第二次世界大戦に乗り出すまでの流れと太平洋戦争をまとめています。

 

第二次世界大戦までの日本の政治

まず、日本は第一次世界大戦後からずっと不況が長引いていたよね。

1920年代にはせっかく金解禁をしようとしたのに、まさかの世界恐慌→昭和恐慌に突入したわけだ。

犬養毅が暗殺され、政党内閣は終了。

政府内で軍部の発言力がどんどん強くなっていってしまうわけ。

日本は広田弘毅内閣の時に、軍部大臣現役武官制を復活させて思想が近かったドイツと仲良くしていくんだよ。

そしてドイツと日独防共協定を結んで、アメリカやイギリスとは決別していく道を選択するんだ。

 

そして世界情勢をうまく読めていなかった日本は、ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦のきっかけを起こした時には

『このままいけばドイツ、イギリスに勝っちゃうんじゃない?』

という気運がメディアでも国民の間でも高まっていくんだ。

当時は阿部信行内閣と米内光政内閣が政権を担当していたけど、開戦に及び腰だったため、近衛文麿東条英機内閣と進んでいくよ。

政党内閣は破綻していて、軍部が政権を担当していたから新たに大政翼賛会も作られたね。

日本の軍部の思想に共感する人達の推薦から翼賛選挙も行われた。

 

ここまでが第二次世界大戦までの日本の政治の流れだね。

長引く不況 → 軍部の台頭

まずはこの点を理解していておきたいところ。

 

第二次世界大戦時の日本の状況からアメリカとの戦いまで

日本は東アジアにおいてワシントン体制の枠組みを踏み越えて中国大陸の進出をおこなっていくよね。

1937年には日中戦争がはじまる。

当時、ドイツでも世界恐慌の不安から軍部が発言力を強めてヒトラーがナチス一党独裁体制を形成。

イタリアでは少し前にファシスト党を率いたムッソリーニが一党独裁体制を固めていた。

日本はドイツとイタリアと同盟を組みながら、中国の侵略に乗り出していったんだ。

 

当時の日本はお金が無かったから、国民に節約をさせて戦費を捻出したんだけど、

国民精神総動員運動国家総動員法が出されていった。

 

ドイツがフランスに勝利した頃には、日本は今度ドイツが第二次世界大戦に勝利する事を確信して、

大東亜共栄圏の確立に動き出したね。

その後日本は、南部仏印進駐を繰り広げるんだけど、これに対してアメリカは激怒。

石油の輸出をストップして1年半分しか石油の在庫が無かった日本は、資源の獲得を目指してアジアの南部を目指していくよ。

イギリスとアメリカはいよいよ対日対策を繰り広げてABCD包囲陣をもって対日経済封鎖を実行。

 

ハルノートを最後通牒と受け取り東条英機内閣で開戦をしたんだね。

日本の陸軍はマレー作戦でマレー半島に上陸して、海軍はハワイの真珠湾を攻撃。

これで正式に太平洋戦争がはじまり、3日後にはアメリカとイギリスも宣戦を布告。

日本の戦局が悪化していったのは、ミッドウェー海戦だね。

ガダルカナル島の戦いでは日本は大損害を被って、サイパン島がアメリカ軍に占領されてからは、日本の本土まで攻め入られるようになってしまった。

そして沖縄戦に続いていくよ。

 

日本の敗戦

戦局が悪化してからの海外の動きも少し。

ガダルカナル島の戦いで日本の敗戦が濃厚になってきてからは、連合国側のイギリス・アメリカはカイロ宣言で日本の今後について話し合ったんだ。

そして1945年2月には、ヤルタ協定が結ばれていた。

あとは日本が降伏するのみ!

というところで連合国側はすでに戦争の後の日本の統治について話し合っていたわけだね。

そして日本が降伏を決定した最終打撃が、もちろん広島長崎の原爆だった。

ソ連に至っては、アメリカが日本に原子爆弾を投下した後の8月8日に、日ソ中立条約を侵犯して日本に宣戦布告をする始末だね。この日ソ中立条約は1946年4月までは有効だったはずなのに酷い話だね。

 

戦争に負けた日本はGHQの支配で戦後の統治に向かっていくね。

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