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上杉慎吉が唱えた天皇主権説とは?

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前回は美濃部達吉にフォーカスして天皇機関説について話をしたね。

天皇は国家という組織の1つの機関

そう位置づけた美濃部達吉はめっちゃ失礼なやつとして議会でボコボコにされるんだったね。

結局本は発禁処分。美濃部達吉は議員を辞職して翌年には右翼に襲われてしまう始末だ。なんてかわいそうなんだろう。

その美濃部達吉の天皇機関説に真っ向から勝負したのが上杉慎吉の天皇主権説だ。

 

天皇主権説とは?

美濃部達吉は国が主権を持っていると考えていたじゃん?

そもそも言葉に出して言わなかっただけで、明治憲法の起草にあたった伊藤博文らの憲法理解だってそうだったわけよ。

統治権の主体は国家であってさ、国家の元首である天皇はその最高機関だってみーんなわかってて、政治やってたわけじゃん?

 

だから美濃部達吉みたいな法律家はそれを本に書いて解説しちゃったもんだからボコボコにされたわけ。

じゃあ上杉慎吉の天皇主権説ってのは何かって言うと、もちろんその逆。

 

国家の統治権は天皇にあるよね!天皇が国家を持っているわけで天皇の権力行使には制限なんてありませんよ!だって天皇だもの!!

 

とうい説を唱えたわけ。もうね、無制限の絶対的権利。天皇を機関だなんて言う事自体がおぞましい事だよって説。

 

上杉慎吉が天皇主権説を唱える

でもって美濃部達吉に真っ向勝負したのが上杉慎吉という人物。

これも東京帝国大学の法学部出身なんだけど、海外で知見を広めてきた美濃部達吉とは真逆で

学生の頃から右翼の学生運動にがっつり参加する人物。

 

彼が参加していた右翼団体はその後、平沼騏一郎や東郷平八郎も出身だったりするよ。1932年に起きた血盟団事件のメンバーもここ出身だったりするからね。

こういった具合で天皇を崇拝する流派というか、右翼思想というか、日本がその後戦争に進んでいく様子、その思想がどのように構築されていったのかがわかるよね。

 

天皇主権説の裏話

美濃部達吉は不敬だ!

と言ってた人達の真の狙いってのは、天皇機関説を攻撃する事で、

当時の岡田内閣とそれを支えていた穏健な「現状維持勢力」を打倒・排除することにもあったんだよ。

 

天皇機関説 → 岡田内閣

というように出来事や事件の時の内閣をセットで覚えておくと私立文系の難関大を受験する人にはめちゃくちゃいいよね。

 

打倒排除の証拠に、例えば、当時「憲法の番人」とされていた枢密院の一木喜徳郎議長や岡田内閣の法制局超官金森徳次郎なんかは

『お前ら、天皇機関説支持してんだろ!!』

ということで攻撃されちゃったわけだ。

 

これが天皇主権説の裏話だよ。

軍人や国家主義グループは天皇機関説はマジで失礼、失礼どころじゃなくて不敬!

としていわけだけども、政治家たちは天皇機関説事件にかこつけて、当時の岡田内閣を潰そうとしていたわけさ。

 

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