安土桃山時代

天正遣欧使節ってなんだ?キリシタン大名が派遣

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前回まで、安土桃山時代のキリシタン大名について見てきたね。

イエズス会と関係を持つことで、キリスト教布教やヨーロッパ諸国との貿易を画策していたんだったね。

 

さて今回は、前回まで紹介してきたキリシタン大名の大友義鎮・有馬晴信・大村純忠の三人がヨーロッパに派遣した天正遣欧使節について見ていくよ。

 

天正遣欧使節ってなんだ?

キリシタン大名は、日本国内にさらなるキリスト教の布教をもくろんでいた。

しかし、布教は全国を回ったり教会が必要だったり、何かと費用がかかってしまう。

 

「純粋なキリスト教徒として布教活動を熱心にやってくれて、なおかつお金がかからなかったら最高だよなあ・・・。」

と考えていたわけだ。

そこで思いついたのが、“まだ何の先入観も持っていない少年たちに、キリスト教が根付いているヨーロッパに行かせよう!キリスト教について学べるだろうし、ローマ法王と会って布教する際の資金援助とかもらえれば最高じゃん”

というアイディア。

 

さっそく、当時セミナリエで勉強をしていた13~14歳くらいの少年が4人選出された。

  • 伊藤マンショ
  • 千々石ミゲル
  • 中浦ジュリアン
  • 原マルティノ

彼らについては次回、詳しく解説していくよ。

まとめ

天正遣欧使節は、本能寺の変が起きる1年前に日本を出発していた。

帰ってきた4人は天下を取っている武将が秀吉になっていて、しかもバテレン追放令が出されているとは夢にも思わなかっただろうね。

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