坂本竜馬の仲介による薩長同盟から遡ること3年、1863年。
土佐藩で中岡慎太郎や坂本竜馬に大きな影響を与えた人がいるよ。それが武市瑞山。関ジャニの錦戸亮くんが、「サムライせんせい」ってドラマで
演じてたのが武市瑞山なんだな~。幼名は「半平太」で、ドラマでは武市半平太だね。
何気に日本史の用語集に載っていますんで、早稲田慶応組はチェックしておいても損はない人物だね。
武市瑞山からわかること
武市瑞山を知れば、江戸幕府における土佐藩の位置づけがわかるぜ。
まず、土佐藩っての関ケ原の戦いの功で山内一豊が現在の高知県に土佐国を与えてもらったんだよね。
だから土佐があるのは江戸幕府のおかげ!くらいのノリで武士も徹底したん身分階級があった藩なんだわ。
ちなみに武市瑞山は位の高い志士で、坂本竜馬は暗いの低い志士ね。
志士 → 江戸後期で尊王攘夷運動などに活躍した人物のことを志士って言うよ。
だから土佐藩ってのは、わりと佐幕派、公武合体派だったの。足向けて寝れない的なね。
そこで、武市瑞山は立ち上がり、「尊王攘夷」の動きに進んでいくのね。
高杉晋作や久坂玄瑞からも大きな影響を受けて、土佐勤王党を組織するのね。その土佐勤王党には中岡慎太郎や坂本竜馬も参加するよ。大体200名くらいの下級志士達が、参加するんだけど、弾圧して武市瑞山は切腹することになる。
これが1863年の話だから。ちょうど八月十八日の政変の時だよ。
薩摩・会津の公武合体派が長州藩と京都から追い出したんだよね!
さすがにもう覚えたでしょ。
武市瑞山が弾圧されたことを受けて、土佐藩の下級志士達は、
「公武合体だなんて、土佐藩は古い!もう駄目だ!」
と、脱藩していくわけなんだわね。
武市瑞山という人物から土佐藩がどのように倒幕に向けていくかがわかったね。
土佐藩の藩主山内豊信(とよしげ)も徳川慶喜に大政奉還を建議した人物だから、あとでじっくり見ていこうぜ。