人物

鈴木文治は友愛会を設立した人物。大日本労働総同盟友愛会に改称。

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人物シリーズ。

今日は鈴木文治(すずきぶんじ)について見ていこう。

1910年代頃から社会運動や普通選挙運動が活発になっていたんだよ。

まぁもちろん今みたいに労働基準法とかがしっかりしているわけじゃないし、

世界の歴史的に見ても、資本家と労働者で揉めるってのはよくある事じゃん。

資本家は労働者をなるべく安い賃金で長く働かせたいし、労働者はなるべく短い時間で高い給料をもらいたいわけだからさ。

 

鈴木文治がしたこと

鈴木文治は1910年に朝日新聞に勤めて貧困問題なぢの取り組むよ。

正義感の強い彼は1912年に労働者の地位向上や福祉の増進を目指すために労働団体を作るんだ。

これが『友愛会』。

もともとはさ1910年に大逆事件ってあったじゃん?

大逆事件について詳しく知りたい人は、「大逆事件をわかりやすく。死刑になった幸徳秋水。」の記事を読んでね。

天皇の暗殺を企てたとかで社会主義者たちが厳しく罰せられた事件。

その後社会運動ってのは下火になってしまうんだけども、この鈴木文治は大学教授や実業家などをうまく仲間につけていって、社会運動をしていくんだよ。

そして、1919年には第一次世界大戦の好景気の効果もあって、労働者が増えてきたことを利用して

大日本労働総同盟友愛会と名前を変えるんだ。

友愛会 → 大日本労働総同盟友愛会

なんか大体の規模が大きくなった感あるよね!

 

この大日本同労騒総同盟友愛会はは1日8時間労働や最低賃金制を掲げて活動したよ。

 

鈴木文治はその後1925年に普通選挙が実施された際に衆議院議員に当選したことも覚えておいてね。

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