コラム

終戦記念日に靖国神社に行った思い出を語る。

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この記事では終戦記念日にアメリカ人の友達と靖国神社に行った思い出を語るよ。

このブログは大学受験向けに日本史を解説するブログであるが、

筆者の私は早稲田大学在学中に1年間アメリカの大学に留学していた。

アメリカの大学では「日本の歴史」や「日本の現代社会」の授業を現地の学生と一緒に受講して、日本で学習した日本史とアメリカが描く日本の歴史の違いに面白みを感じたものだ。

帰国後、日本に興味がある学生達数十名と終戦記念日の8月15日に靖国神社を訪れたので、その時の思い出を語りたい。

 

そもそも終戦記念日とは?

終戦記念日を語るためにはまず、ポツダム宣言を理解しなければならない。

1945年4月、ドイツのヒトラーは自殺をして首都ベルリンにはアメリカやソ連を中心とした連合国軍が迫っていた。

5月にはドイツが降伏したので日本は孤立無援状態になったのだ。

 

時の首相、鈴木貫太郎は戦争を終結する事を真剣に考えるようになり、

中立関係にあったソ連を通じて和平工作を行っていたが、この時はまだソ連に裏切られるとは考えていなかった。

北方領土問題に関して詳しく知りたい方は『北方領土問題とは?ロシアの主張をわかりやすく。歴史的経緯。』の記事をご覧ください。

7月にはベルリン郊外のポツダムで、

トルーマン
チャーチル
スターリン

の米・英・ソの首脳がドイツ処理問題で会談したのがポツダム会談。

このポツダム会談を機にアメリカはイギリスの日本の戦後処理と日本軍隊の無条件降伏を呼びかける事でイギリスに合意を取って、中国の蒋介石の同意を経て、

米・英・中の共同宣言でポツダム宣言を発したのだ。

このポツダム宣言の経緯もあり、中国は戦勝国を名乗っている。

 

日本は8月14日の夜に中立国のスイスを通じて連合国側にポツダム宣言を受け入れることを通告した。

翌日の8月15日に昭和天皇自身がラジオ放送によって国民に降伏する旨を伝えたのだ。

この経緯から日本では8月15日が終戦記念日だとされている。

 

実際に日本と連合国側が降伏文書にサインしたのはミズーリ号という船の上で9月2日に調印式が行われたので、

海外の認識だと日本が降伏したのは9月2日という事になっているのだ。

つまり、日本人にとっては終戦記念日は8月15日だが、外国では9月2日なのだ。

中国では、『日本の侵略に対する中国人民の抗戦勝利日』としている。

 

ここまでが終戦記念日のおさらいだ。

 

終戦記念日に靖国神社にアメリカ人と行った話

私は帰国後2名の日本に興味あるアメリカ人を自宅に1~2週間ほど滞在させていた。

彼らとは京都に行ったり、城を見たりと観光を存分に楽しんだのだが、ちょうど早稲田大学に10名ほどの留学生が来ていた。

私が留学していたアメリカの大学は西海岸でも名門の大学だったため、

彼らは政府の支援で無償で早稲田大学に1か月ほど留学していたのだ。

 

そのうちの1人が、『靖国神社に行ってみたい!』という軽い気持ちで提案したので

『だったらちょうどそろそろ終戦記念日だし、そのタイミングで行こう』という事になったのだ。

当日、駅で待ち合わせをしてみんなで靖国神社に向かった。

 

広い入口を取って左右に広がる緑を眺めながら本丸の拝殿に向かった。

当日はすごい人ごみで参列者は行儀よく列をなしてお参りをしている。

戦闘服を着て『天皇陛下万歳!』と言いながら刀を振り回すパフォーマンスをしているご老体や、右翼団体、戦争で被害にあった人達の子孫、若者、制服を着た学生の団体などなど様々な人がいた。

我々も列にならんでお参りをする準備をしていた。

私のような日本史に詳しい日本人にとっても、戦闘服を着て『天皇陛下万歳!』とやっている様子や

みんなが手を合わせて参拝している様子を見ても

儀式の一部

という程度にしか見ていなかった。おそらく多くの参拝者が「恒例行事」のような感覚で参拝していたのではないだろうか。

日本人は古くから儀式を重んじるので、参拝する行為自体に意味があるように感じる。

まさに神道だ。

 

参列から抜け出すアメリカ人

あと3~4列で自分らの番という所で、アメリカ人達が急に列から横に抜け出そうとしました。

『俺達には参拝する権利がない』

そう言いだし、列から抜けてしまったのだ。

 

『誰もアメリカ人が参拝してても怒ったり、変な気持ちになったりしないよ。むしろ嬉しいぜ!民主主義をくれたじゃないか!』

という最大のジョークをかましても彼らは一歩も引かず、まるでお通夜のようなムードになってしまったのだ。

 

彼らいわく、

日本人が戦後何十年経っても参拝し続ける様子が、悲しみに暮れているように見えたそうなのだ。

そこで戦勝国であるアメリカ人は多くの日本人を殺めてしまった事から、参拝する権利が無いという事だったのだ。

これは1人の意見ではなくそこにいた全員のアメリカ人の総意で誰一人手を合わせる事をしなかった。

 

日本に来る前は広島・長崎に原爆を落とした事でアメリカが戦争を早く終わらせた。

多くのアメリカ人の犠牲から守った主張していた彼らだが、日本にきて靖国神社の様子を見て考えが変わったそうなのだ。

 

 

私にとってはとても貴重な経験となった。

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