日本人の大好きな新選組。
大義のために忠義を誓って戦うその姿は日本人の心を魅了し、映画だったり漫画だったりになってるよね。
実は今、俺が住んでいる東京の日野って地域はさ、新選組ゆかりの地!ってことで、記念館的なことがってさ。今度行ってみるから写真とか撮ってアップするからな!
今日はそんな新選組。
新選組とは
当時の京都は尊王攘夷・討幕運動の志士がウロウロしてて治安がかなり悪かったのね。
江戸幕府は京都守護職の下に新選組を発足させたわけ。まぁ京都の治安を維持するのが新選組の役割だね。
彼らは治安を維持するためのグループだから、討幕を目論む長州の攘夷派を抑圧するのね。
有名どころに土方三蔵、近藤勇だよね。
新選組を有名にしたのが池田屋事件なわけだ。
池田屋事件とは
長州藩・土佐藩の尊王攘夷派志士が京都の池田屋旅館に潜伏してたのね。
新選組はそれを嗅ぎ付けて、襲撃すんの!
オラオラオラーって!!
八月十八日の政変で、攘夷派は追放されたよね。それ以降は薩摩・会津の公武合体派が主流だったわけだけども、長州藩の尊王攘夷派は虎視眈々と機をうかがっていたわけ。
そんな中、京都で炭薪を経営する古高ってやつが、長州藩の武器とか書簡を持っていたことが発覚するのね。
「松平容保と一橋慶喜を殺して、孝明天皇を長州に連れてくる!!」
って内容だったわけ。新撰組はこれで、長州藩の動きを察知するわけね。
長州藩は、京都で焼打ちする計画を立てていたため、未然に防いだ新撰組の知名度が一気に上がった事件だったわけ。
この池田屋事件で長州の尊王攘夷派はかなりの戦力を失った形になったので、尊攘派の動きにとっては大打撃。
でも思想ってのは怖ろしいね。池田屋事件で長州藩は大きな戦力を失ったわけだけど、この池田屋事件に呼応して多くの急進派が行動する形になるわけだよ。