さて、今日は宗教のお話。
明治新政府は王政復古の大号令を成功させ、天皇を中心とする統一国家を形成していこうとしたんだよね。
そのシンボルたるや天皇であって、天皇とは神様の子孫であるわけだ。だから教派神道十三派を認めて神道を崇拝するような世の中を作っていこうとしたんだよね。
ここまでは復習だ。
今日はこっから。神仏分離令についてだよ。
神仏分離令とは
神道純化のために、神仏が混在するのを禁じたこと!!
さっきもいったけど、明治政府は統一国家を実現するために神道を国教化したんだよね。これを祭政一致って言うよ。
ちょっと時代を遡るけど、平安時代以降、日本は神道と仏教が両立していたのね。
古代の日本ってベリーベリーウェルカムな人種だったからさ、海外からやってきた仏教もすんなり受け入れちゃったのね。
でも、江戸時代に国学が絶好調で、
「仏教なんて海外からやってきた汚らわしいものだよ。てか、外国なんて全部汚らわしい。やっぱり神道でしょ!」
って考えが人々のマインドに刻まれていったんだよね。だから異国船も打払いするし、攘夷運動もするし、尊王運動もするし。だったわけ。
こういった「神道への回帰」という素晴らしい思想が、王政復古まで日本人を突き動かしてきたんだぜ。
と明治政府は思ったわけだ。だからバリバリ神道!を実現する上で、仏教と神道が両立している状態はNGだったわけ。
そこで1868年に神仏分離令を出したわけなんだね。
現代の日本はもちろん神仏入り乱れ状態だよ。
赤ちゃんが将来食べ物に困らないように!ってタイとか縁起の良いものを食べさせる真似させるのを「お食い初め」って言うんだけど、あれは神道。
神社のお祭りも神道。葬式は仏教だし。
そもそも神社なのか、お寺なのか全然わからないで参拝している人も多いっしょ。
日本人ってのはほんと、そこらへんにこだわらないおもしろい人種なんだよ。結婚式はキリスト教だしね。あ、俺も結婚式はキリスト教でした、お恥ずかしながら。
廃仏毀釈が起きる
この神仏分離令によって、
「仏教ダメなんだって!じゃあ、ぶっ壊そうぜ!!」
という動きが廃仏毀釈だね。全国の寺院や仏像が次々に壊されたんだって。
藩も(←当時はまだ藩ね。1868年だから)寺領の募集が続出して、仏教界は瀕死状態だったらしいよ。
神社の神主さんは大喜びのほくそ笑みだったろうね。
もちろん仏教勢は仏教を守るために一揆なんかもおこしたらしいよ。