明治時代

四民平等の四民とは士農工商のことだよ。

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前回は徴兵令について学んだね。

大村益次郎が攘夷派に斬られちゃって、国民皆兵の夢は一旦頓挫したんだけど山縣有朋が引き継いでなんとか果たした悲願だよね。

徴兵告諭がまず出されて、それから徴兵令だったよね。

この徴兵令からさかのぼること4年。封建的身分制度が撤廃された動きがあったね。そう!四民平等!

最近の中学校の教科書だと士農工商という言葉を使わないらしいけど、四民ってのは士農工商のことだよ。

四民平等とは

これも明治維新の一環で、

今までの士農工商の封建的身分制度を撤廃して、華族・士族・平民の3族籍にしましょう!!

というのが四民平等ね。

華族・・・公卿や大名に与えた呼称
士族・・・旧幕臣・旧藩士に与えた呼称
平民・・・農工商とえた・ひにんに与えた呼称

平民にも名字あげてさ、被差別階級だった、えた・ひにんも解放令で廃止にしてさ、みーんな平等ね!!

とは言いながら、ちゃんと華族・士族で公家と武家を守っちゃったんだよね。

だから実際のところは全然平等じゃなかったよ。

 

江戸時代は農民は農民だったから、農作業しかしなかったけど、明治新政府では職業移転の自由も認められたし、結婚も自由になったから平民にしてはとっても嬉しいことだったね。

えた・ひにんは身分解放令で平民同様にするよ!って太政官布告されたんだけど、実際彼らは住んでいる地域がもともと農民とは別だったから、そう簡単には平民と平等にはなれなかったよ。経済的・社会的差別はなくならなかったし、現代の日本でも部落ってのが存在するからね。

一番辛かったのは、武士。

明治新政府は戊辰戦争の功労で志士に大量のお金を払わなければならなかったし、

廃藩置県で大名(知藩事)の借金も肩代わりしたから、武士へ御恩で大量のお金を払わなければならなかったし、

有力の武士以外は徐々にリストラされていってたんだよね。

 

 

 

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