安土桃山時代

サン=フェリペ号事件と26聖人殉教の関係とは。

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前回は、秀吉の出したバテレン(伴天連)追放令について見てきたね。

秀吉が長崎がイエズス会の領地となっていることを聞き、キリスト教拡大による武装蜂起を警戒したため出されたんだったよね。

 

実は秀吉のこの懸念、見事的中していたんだ。

 

サン=フェリペ号事件で分かった驚愕の事実

ある日、土佐に一隻の船が漂着した。

これが問題となるスペイン船、サン=フェリペ号だ。

秀吉はこの情報を聞くと、部下の増田長盛を現地へ派遣する。

ここで長盛は船の積み荷をすべて没収したうえで、船を直してマニラへ返してやった。

 

サン=フェリペ号がマニラへ発つとき、船の乗組員が積み荷を奪われたことによる腹いせからなのか、「いいか、いま日本にいる宣教師はみんなお前らの日本を占領するために来てるんだぞ!スペインはこんなチンケな国じゃなくてもっとデカいんだ!」と吐き捨てて帰る。

 

これを聞いた長盛はさっそく秀吉に報告。

これに危機感と怒りを感じた秀吉は、直後に禁教令を再発令。

そして大阪にいた宣教師3人と修道士3人、さらに日本人のキリスト教信者20人をとらえる。

この26人は長崎に送られたのち処刑されることになる。これが26聖人殉教だ。

 

日本が初めてキリスト教に対し直接的な弾圧を加えた事件でもある。

 

まとめ

スペイン船員の一言により、「キリスト教を野放しにしていたらいつか日本が乗っ取られてしまう!」という危機感を日本側に与えることとなった。

 

これ以後キリスト教に対する接し方が変わってくる。

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