北部仏印進駐と日独伊三国同盟でアメリカとの関係がどんどん悪化

ノモンハン事件によって、北の方に侵略することが事実上不可能になったカタチの日本。

かといって当時の日本は、自分の国と満州の資源だけじゃ戦争を続けられない。

 

じゃあ、どうするか。

反対の南の方の国に行って資源を獲得していこう、と考えたわけだ。

 

これが、南進論とか南進政策って呼ばれる。

具体的には、フランス領となっているインドシナ。

 

この地域に軍を置いて、資源をゲットしようとした。

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大日本産業報国会をわかりやすく!大政翼賛会の下部組織だ!

前回見てきた新体制運動と、それに関連した大政翼賛会の設立によって、日本は一党独裁的な政治体制へと変わってしまった。

 

当時は世界恐慌による不況もあって、隣の芝生(=ソ連やドイツ、イタリアなど)が青く見えたために一党独裁に向かってしまったけれど、今から考えてみれば独裁で国民みんながハッピー!なんて状況はほとんどあり得ないよね。

 

でも、当時の日本は独裁を認める方向に進んでしまった。

大政翼賛会は一党独裁的な組織ではあったけれど、他の国と違う点として「下部組織」を作っていた点がある。

 

例えば前回も言ったように、大政翼賛会は政党ではないから翼賛議員同盟なんて組織を作ってここに政党の役割をさせていた。

 

大政翼賛会はこのほかにも、何種類かの下部組織を持っていた。

 

そのうちの一つとして代表的なのが、「大日本産業報国会」だ。

詳しく見ていこう。 続きを読む

新体制運動をわかりやすく!大政翼賛会の目的も詳しく見ていくよ。

第二次世界大戦が勃発したころの日本は、外国との関係がすこぶる悪かったよね。

中国ともソ連ともアメリカとも仲が悪かったし、なんかドイツもよくわからない動きしてるし。

 

そんな頃の日本政府はどんな状態だったかというと・・・。

第一次近衛内閣が倒れた後3つの内閣が立て続けに誕生してはすぐ解散していた(平沼内閣、阿部内閣、米内内閣)。

 

この中でも阿部内閣と米内内閣は、日中戦争がこれ以上拡大するのを阻止しようとしたり、アメリカやソ連に近づこうとする動きをしていたんだけど。

結局当時の発言力が巨大すぎる陸軍にそっぽを向かれ、うまくいかず総辞職に追い込まれてしまう。

 

米内内閣が倒れたことを受けて次に生まれたのが、ミスター戦犯こと近衛文麿。第二次近衛内閣だ。

近衛はまた、ヤバい政策を推し進めてしまう。

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日米通商航海条約破棄をわかりやすく。仏印進駐へ加速する!

第二次世界大戦(1939~)が始まったころの日本は、やれ日中戦争だ、やれノモンハン事件だとあちこちで戦争をしていたね。

 

この時点で中国とソ連を相手取っていたんだけど、なんと今度はアメリカとまで対立を深めていくことになる。

その大きなきっかけとなったのが、明治時代から代々続いてきた「日米通商航海条約の破棄」という出来事。

 

これを機に日本はどんどん戦争の泥沼にハマっていくことになる。

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独ソ不可侵条約をわかりやすく。ドイツが日独防共協定の約束を破った!?

前々回の記事で、ノモンハン事件を見てきたよね。

満州とソ連・モンゴルの国境を巡ってドンパチやった戦闘だった。

 

そんなノモンハン事件の裏では、ドイツとソ連がコソコソ近づいて話し合いが行われていて、突如として「独ソ不可侵条約」という条約がドイツとソ連の間で結ばれた。

 

これ、世界的に見ても日本から見ても、めちゃくちゃ重大な条約なんだ。

詳しく見ていこう。

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関東軍はなぜ暴走した?日本軍の他部隊との違いとは。

日本が太平洋戦争へと向かって行った歴史を学ぶ上で、ちょくちょく話に出てくるのが、関東軍という連中。

これまでの記事の中でも見てきた、

  • 張作霖爆殺事件
  • 満州事変
  • ノモンハン事件

と、満州関連の重大事件に関わっていることが分かるね

 

関東軍は組織上日本の陸軍組織のひとつではあるんだけど、実に特殊な部隊なんだ。

日本を日中戦争へ、そして太平洋戦争へと引っ張っていく原因一つと考えられている。

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ノモンハン事件をわかりやすく!北進論から南進政策への転換点

日中戦争が次第に激化していったころ、実は中国とはまた別の国と戦闘が発生していた。

その別の国というのが、ソ連。

 

思い出してほしいのは、日本には満州というほぼ植民地が存在すること。そして、満州の隣には「ほぼソ連」と呼ばれるほどソ連と関係しているモンゴルがあった。

 

日独防共協定で分かるように、日本は社会主義国のソ連を敵対視してるソ連側も日中戦争をおっぱじめた日本を危険視している。

 

そんな二人が隣り合ったらギスギスするのは当然のことだよね。

で、ついにケンカが始まっちゃうわけだ。

 

それが今回のテーマ、ノモンハン事件。

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援蒋(えんしょう)ルート遮断はなぜ?簡単にわかりやすく。背後にいる国に注目

日中の対立が激化して、北支事変から支那事変へと名称が変わるほど全面戦争化し始めた。

日本が南京を占領したことで、国民党は拠点を重慶という都市に移してなおも抗戦を続けるんだった。

 

ところで、この戦争は日本と中国の間での戦争に思えるけど、この背後には中国に利権を持つイギリスやアメリカ、ソ連が深くかかわっている。

実はこれが太平洋戦争への布石にもなっているんだ。

 

どういうことか詳しく見ていこう。

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日中戦争の様子や背景をわかりやすく。日中戦争に勝敗はついたの?

さて、これまでの記事で日中戦争へ突入してしまった経緯と日本の様子については確認してきた。(知らない人はこのへんhttps://jahistory.com/hirota-kouki-naikaku/からチェックだ!)

 

ではいよいよ泥沼の日中戦争について詳しく見ていこう。

1937年に始まって以来ずるずる長引き、結局太平洋戦争に突入して日本が降伏する1945年まで、実に8年近く続く戦争になる。

 

まず最初に、タイトルにもある「日中戦争に勝敗はついたの?」という問いかけの答え。

明確な勝敗は「ついた」。日本の敗戦だ。

 

だけど、この敗戦は「中国に攻め込まれて日本が降伏した」という単純な話ではないんだ。

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配給制、切符制の違いとは?国家総動員法が関係しているぞ

前回、国家総動員法の制定とそれに伴う“勅令”について見てきたね。

総力戦体制に入るため日本は、国のヒト・モノを良いように動かせるようにしてしまったんだったね。

 

国家総動員法の影響で、一般国民がふつうの生活をするために必要な「食料」や「生活必需品」も国に統制されることになる。

その代表的なものが、「配給制」「切符制」という制度だ。

 

詳しく見ていこう。

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