財閥解体のメリットって?簡単にわかりやすく。現在はどうなってるの?

さて。

前回までは日本全体に向けたGHQの占領政策について見てきたけど、今回はちょっとジャンルが変わって経済界への政策。

 

今回見ていくのは「財閥(ざいばつ)」というものについて。

 

経済系の歴史ってなんかイメージが付きにくくて分かりづらいよね。

僕自身最初は仕組みが良くわからなくて困っていた。

 

だけど案外言葉がちょっとメンドクサイだけだから、是非しっかり理解してほしい。

続きを読む

GHQの行ったプレスコード(言論統制)とは?簡単にわかりやすく。WGIPとの関係も

GHQの行った占領政策その3。

 

庶民にとってはとても大きな影響を及ぼした政策。そう、言論統制だ。

 

これは、占領時代のアメリカ兵による犯罪を助長(手助け)してしまう副作用も出てしまったりして、何かとよろしくない影響が出ちゃったんだ。

 

詳しく見ていこう。

続きを読む

極東国際軍事裁判(東京裁判)の問題点とは?

今回は、前回見てきた「GHQが行った占領政策」の中から、「戦犯の処刑」について見ていこう。

 

この戦犯の処刑に関して行われたのが、「極東国際軍事裁判」、通称「東京裁判」とも言われる裁判だ。

端的にいえば、「太平洋戦争を起こした日本の戦争犯罪人(戦犯)を裁く」という裁判のこと。

 

ただ、この裁判は世界的に見ても非常に「賛否両論(どちらかというと否が多い)」の裁判なんだ。

続きを読む

GHQとマッカーサーとは?概要を簡単にわかりやすく。

ポツダム宣言を受け入れ、降伏を宣言した日本には、その宣言通り連合軍側の(一時的な)占領機関が配置された。

 

そう、かの有名なGHQ(連合国最高司令官総司令部)だね。

今回は、詳しい内容は後回しにして簡潔にどんな機関だったのか、どんなことをしたのかについて見ていくよ。

 

続きを読む

ソ連対日参戦と原爆で、ポツダム宣言受諾。しかし・・・

広島・長崎への原爆投下は、日本が当初考えていた「もうちょっと粘ればいい条件で降伏できるっしょ!」という希望を打ち壊した。

これを受けて日本政府も「これはヤバい!急いで降伏の準備しなきゃ」と考え始める。

 

しかし広島への原爆投下で大混乱の8月8日、このタイミングで突然ソ連が動き出してしまった。

 

詳しく見ていこう。

続きを読む

広島・長崎の原爆投下をわかりやすく。死者数や投下理由、実行者についても

前回、ポツダム宣言の内容について見てきたよね。

ポツダム宣言が発表されたのは1945年の7月。ということは、まだこの時点で広島と長崎に原子爆弾は落とされていないわけだ。

 

ではなぜ、原子爆弾が落とされてしまったのか。

それは、日本側の対応ミスとアメリカ側の策略が関係している。

 

詳しく見ていこう。

続きを読む

ポツダム宣言とは?簡単にわかりやすく。無条件降伏ではなかった?

カイロ会談、テヘラン会談、ヤルタ会談と来て、いよいよ最後の「ポツダム会談」そして「ポツダム宣言」について見ていくよ。

 

このポツダム宣言は、広島・長崎の原爆投下にも大きく関係している重要な宣言だ。

それから、この宣言は通常の「無条件降伏」を要求するものではなくて、ちょっと特殊なものになった。

 

そこも含めて、詳しく見ていくよ。

続きを読む

テヘラン会談、ヤルタ会談とは?簡単にわかりやすく。

前回見てきたカイロ会談/宣言は、アメリカ・イギリス・中国の3国による会談だったよね。

その裏にはアメリカ側の「中国を利用しよう」という策略があったけど、これは見込み違いだった。

 

というわけで、次の会談からは中国の蒋介石は呼ばれず、代わりに“あの国”が呼ばれるようになった。

 

今回は、カイロ会談の次に開催された「テヘラン会談」、さらにそのあとの「ヤルタ会談」について見ていくよ。

 

続きを読む