昭和時代

第二次オイルショックは日本の経済にそこまで影響なかった⁉

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第一次オイルショックは、(いろいろな出来事も相まって)高度経済成長を終わらせてしまうほどの影響を日本に及ぼした。

 

さらに言えば、オイルショックなんてものはこれまでに日本は経験したことがない初めての出来事だったので、政府の対応も後手後手に回ってしまった。

 

でだ。

“第一次”って書いてあることからわかると思うんだけど、第一次オイルショックから10年も待たずしてもう一発オイルショックがやってくる。

イラン革命

 

前回の第一次オイルショックは、第四次中東戦争でイスラエル側に協力したアメリカとその同盟国を痛めつけるために起きた出来事だったよね。

 

今回の第二次オイルショックはちょっと毛並みが違う。

当時の日本はイランからの石油輸入が結構多かったんだけど、そのイランで革命が起こってしまった。

 

 

イラン革命を簡単に説明しておこうか。

 

第二次世界大戦以降、アメリカの策略なんかもあってアメリカとイランはべったりだった。(というかイランの政権はほぼアメリカの操り人形状態だった。)

で、1960年代後半にはアメリカ主導のもと近代化政策がとられた。

 

だけど、この状況を良しとしなかったのはイランのイスラム教勢力たち。

この勢力は次第に「アメリカ反対!キリスト教反対!」を掲げてデモを起こすようになった。

 

このデモがどんどん大規模になっていって、最終的にアメリカの操り人形だった政権を打倒すまでに発展した。

 

 

第二次オイルショックは起きたけど・・・。

で、このイラン革命が起きていた最中はイランが石油の生産を中断しちゃってたわけだ。

当然輸出もストップするんで、日本は石油不足に。

 

おまけにOPECがまた石油を値上げするとか言い出していたんで、またむちゃくちゃな石油価格暴騰が起きてしまう。1979年、第二次オイルショックの発生だ。

これはまた日本の経済に大ダメージか・・・と思いきや。

 

なんと第二次オイルショックは軽傷で乗り切った。

なぜか。

 

日本は第一次オイルショックを非常に重く受け止めていて、次またオイルショックがあった時の対策を学習していたんだ。

第一次オイルショックの時は、政府が金融政策を打ち出すのが遅すぎたことと、それに関係したスタグフレーションが問題だった。

 

この反省を糧に、第二次オイルショックが起きたのを察知した政府は早々に金融引き締め政策を実行。企業側も賃金を上げすぎないようにして急激なインフレを抑えつけた。

 

その結果、世界的にはスタグフレーションで苦しんでいる中でそこまでダメージを受けず乗り切ることができた。

 

日本は勤勉だ・・・なんて言われるけど、こういうとこは本当にそうかもしれないよね。

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