安土桃山時代

織田信長についてのまとめ!④美濃の斎藤家を下す

更新日:

前回は、桶狭間の戦いについて見てきたね。

尾張を攻めようとした今川氏を、一瞬の好機をつかんで本隊を叩き、見事今川軍の大将・今川義元を倒したんだった。

 

今回は、この桶狭間の戦いと同じころ起きていた美濃の斎藤氏との関係について見ていくよ。

 

斎藤道三の死後、関係が悪化・・・。

以前の記事で、斎藤家と織田家には同盟関係があった、というのは話したよね。

その証として、濃姫と信長が政略結婚したんだった。

濃姫のお父さん、信長にとっては義父にあたる斎藤道三は、息子・斎藤義龍の挙兵によって追い詰められ、殺されてしまう。

 

これ以後斎藤家と織田家の関係が劣悪に。桶狭間の戦いが起きる前後もちょくちょく斎藤家と争っていた。

しかし、ある時義龍が急死。義龍の子・龍興が跡を継ぐんだけど、このタイミングを好機とみた信長が攻め入って見事勝利。

その後はぐいぐい美濃を制圧していき、龍興の家臣であった人たちも次々仲間にしていく。

 

こうして立場をなくしていった義興は敗走する。

信長は、尾張についで美濃も手中に収めることに成功したんだ。

まとめ

この美濃を攻略したころから、信長は「天下布武」と書かれた印を使い始めた。

「天下布武」とは、“天下に七徳の武を布く”という意味。

①暴を禁じる
②戦を止める
③大を保つ
④功を定める
⑤民を安んじる
⑥衆を和す
⑦財を豊かにする

この7つの武をもって天下を平定する、という意味を持っていたらしい。

伝説のビデオ『ねこねこ日本史』はコチラ

フォローしてね♪

-安土桃山時代
-

Copyright© 大学受験の日本史を極めるブログ , 2019 All Rights Reserved.