明治時代

ノルマントン号事件で不平等条約について考えさせられる。語呂合わせはイヤヤロ!

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今日は日本の人々は不平等条約について痛烈に考えさせられたノルマントン号事件。

ノルマントン号事件の語呂合わせは、「1886(イヤヤロ!)不平等条約。ノルマントン号事件!」だね。不平等なんてイヤヤロ?

このノルマントン号事件ってのは当時の日本人にとって、2つの道筋を示した事件なんだ。

1、不平等条約、2、人種問題なわけ。

ノルマントン号事件を詳しく

 

1886年に横浜から神戸にイギリスのノルマントン号が向かっていたそうだ。

どんぶらこ~どんぶらこ~

日本人25人を乗せたノルマントン号は残念なことに暴風雨につかまってしまいました。

 

「まずい!船が難破するぞ!!」

「急いで救命ボートを使って避難しよう!イギリス人・ドイツ人はさぁ救命ボートを使って!!」

 

勇敢なイギリス人船長はドイツ人・イギリス人を含む26名の乗組員を全員救命ボートで避難させ、命を救いました。

しかも、座礁した三重県・和歌山県では外国人は手厚く保護されました。

めでたし、めでたし。

 

・・・とおもいきや、このイギリス人船長はとんでもないヤローだったのです。

日本人25名は1名も船内から出ておらず、ことごとく溺死。第一次伊藤内閣の外務大臣井上馨は実況調査を行いました。

 

さて、イギリス人船長はどうなったと思います?
神戸領事の海難審判でなんと無罪!!

 

「日本人は英語がわからないので、助けようとしたんけど、言葉が通じなくてさ。ハハ。困っちゃうよね」
という供述をして、あたかも助けようとしたけど言葉の壁で無理だった。という報告をしたわけ。

 

これには、日本国民は納得できず。

「日本人だから助けなかった」
「白人は日本人を人種差別している」

と憤慨したわけ。鹿鳴館にも日本人の憤慨メッセージは次々と届いて、井上馨はもはや国民の感情を無視することはできなった。

 

こうして、人々は、領事裁判権の問題を痛烈に考えさせることになりました。

というお話。これがノルマントン号事件のあらましだね。

 

さすがに体裁がヤバイと思ったイギリス側は横浜領事で再審を行い、刑事裁判で禁固3ヶ月となったんだけど、遺族に対する賠償金は無かったの。可哀想だよね。

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