昭和時代

日ソ共同宣言をわかりやすく。当時の首相は鳩山一郎。

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中学校の政治経済の授業だと、日本がソ連と日ソ共同宣言を結ぶ事で国際連合に加盟!って習ったんじゃないかな。

覚えてる?

ソ連ってのは拒否権を持っていたから、常任理事国であるソ連が

『日本、入っちゃだめー!!』って言ったら、日本は国際連合に入れなかったんだよね。

 

今日は日ソ共同宣言について見て行こう。

 

日ソ共同宣言とは?

日本は戦争に負けてGHQに占領されていたけど、その間ソ連との外交ってのおは完全に閉ざされていたんだ。

樺太や千島にいる日本人の復員や引き揚げは行われたいたけど、

アメリカの圧倒的な力で日本はソ連と国交を築くことはできなかった。

 

日本は主権を回復するために、サンフランシスコ平和条約に臨むんだけど、

仲良しのイギリス・アメリカとの単独講和なのか、事実上敵関係にいるソ連なども含めた全面講和なのか悩みに悩んだんだ。

サンフランシスコ平和条約に関しては、『サンフランシスコ平和条約を簡単にわかりやすく。』の記事を読んでね。

 

その後、スターリンの死去によって冷戦もちょっと緩和されるいわゆる「雪解け」が起きた。

当時の鳩山一郎首相もこれまでのアメリカにどっぷり依存した外交ではなくて、

『自主外交』を促そうとしていたため、1956年10月19日に日ソ共同宣言を結んだんだ。

内容は、

・日本とソ連の戦争状態の終了
・将来の歯舞・色丹島の返還
・日本の国連加盟支持
・ソ連は日本に対して賠償金を請求しない

といったところが重要な点だね。

 

これで日本は国際連合への加盟ができるようになったんだけど、北方領土問題に関しては日ソ共同宣言では解決されなかったよ。

解決されなかった理由に関しては、『北方領土問題とは?ロシアの主張をわかりやすく。歴史的経緯。』の記事を読んでね。

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