コラム

仁徳天皇陵が世界遺産に!がっかりする理由と仁徳天皇はどんな人なのか。

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仁徳天皇陵が世界遺産になるね!

こんなめでたい話はなかなかないので、この大学受験の日本史を極めるブログとして、仁徳天皇についてわかりやすく語っておかないといけないと思い記事にしてるよ。

もちろん大学受験生だけでなく、一般の人も読んでいるだろうけど

基礎知識から大学受験に必要な部分を中心に解説していきたいと思うよ。

 

仁徳天皇陵古墳とは一体なんなのか?

そもそもまずは古墳の年代について知っておかないといけない。

日本だと古墳は西暦250年頃~600年代にかけて古墳がボコボコと作られていったんだ。

この年代を覚えておくことは、並び替え問題にも使えるから時代をしっかり覚えておいて欲しい。

 

古墳というのは、位の高い人達が、『俺ってこんなにすごいだぜ!死んだ後もみんなこれだけ敬ってくれるんだぜ!!』

というのを誇示するために土を高く盛り上げていって作ったお墓だ。

権力と財力の証明でもあるのがこの古墳ってわけだ。

 

でもって、天皇の古墳は「天皇陵(=てんのうりょう)」と呼ばれ、そりゃ規模もでかかったわけ。

その古墳の中で最大規模なのが仁徳天皇陵古墳!前方後円墳って言われる鍵穴みたいなやつだ。

なんとその大きさ、840m×654mときたもんだから、ビックリ大きい。場所は大阪府の堺市にあるよ。

 

ちょっと面白いのがさ。天皇陵は立ち入りが厳しく制限されてるから、歴史研究家達がどんなに調査したがっても

今までは宮内庁がオッケー出さなかったの。だから謎のベールに包まれていて、本当に仁徳天皇のお墓なのか、仁徳天皇が中に入っているのか?

ってのはわからないわけ。だから、天皇陵には『埋蔵金埋まってんじゃね?』といったオカルト話もたくさんあったわけ。

でも2018年10月下旬に初めて宮内庁がオッケー出してさ。外部機関と共同で発掘する事にしたの。

もともと堺市は周りの古墳群を発掘した経験があって、宮内庁は堺市に協力を依頼して、『埴輪とかないかなぁ~?』という調査に乗り出したの。

 

 

百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)とは?

ちなみになんだけど、今回のニュースを見てさ

仁徳天皇陵古墳?
大山陵古墳(だいせんりょうこふん)?
百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)??

と、頭の中にはてなが浮かんだ人も多いんじゃないかな。

かつての僕もそうだったよ。漢字がいっぱい出てくると頭がパンクして整理できなくなる現象。

いつかこの現象に名前をつけたいね!

 

ちょっと整理してみようか。

 

〇百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)

たっくさん古墳があるエリア全体を指す名前。

大阪府堺市にうじょうじょ古墳があってさ、そのエリアを百舌鳥古墳群って呼んでいるのさ。

戦争の前は100基以上あったんだけども、今は44基。

その中の一つが仁徳天皇陵古墳ってわけ。今回、世界遺産に登録されるやつだね。

 

〇大山陵古墳(だいせんりょうこふん)

仁徳天皇陵の正式名称だね。日本史の教科書などだと()つきで書いてあってどちらでも大丈夫だよ。

でもね、『これは仁徳天皇の墓だ!!』と朝廷に指定されたのは江戸時代の事でさ。

仁徳天皇が崩御(亡くなった)のが西暦399年の事で、仁徳天皇陵が造られたのが西暦450年の事だから

時期的に50年もズレが起きちゃうんだよね。だから、本当に仁徳天皇が祀られているのかどうかは不明って事になっている。

そもそも仁徳天皇が実在したかどうかもそんなに証拠が無いしね。だから教科書だと、最近は仁徳天皇陵じゃなくて、大山陵古墳って書いてるケースが増えているみたい。

 

もちろん全国で1位の規模の大きさの古墳さ。実はこの仁徳天皇陵は「がっかり名所」とも呼ばれていてね!

中学校の教科書で鍵穴みたいな前方後円墳が印象的だから、大阪の観光で行く人もいるんだけどさ。

ズバリでかすぎて見えないんだよ。周りをぐるっと回って帰ってくるみたいな感じになっちゃうので、がっかり名所と呼ばれているんだね。

 

 

仁徳天皇とはどんな人?

大学受験の日本史に特化してお話するのであれば、

仁徳天皇の時代は大和政権(ヤマト王権)が最も盛り上がっていた時期だ。

西暦で覚える癖をつけると並び替え問題でも点が取れるので、西暦で覚えよう。

西暦300年代~西暦600年代くらいまでの事さ。

今の奈良県あたりから起きたわけなんだけども、簡単に言うと『強いやつに権力がどんどん集中していった時代』ってわけだね。

弥生時代に小さなクニがたくさん出てきたわけだけども、この時代にどんどんクニが合併していったの。

 

この仁徳天皇の時代には、朝鮮から渡来人が次々とやってきた時期で

大陸の文化や技術が多く伝わってきた。

 

仁徳天皇は人々の貧しさに気付いた、優しい人でね。

大幅に税金を免除して人々の生活を優先させて、公共事業や土木事業をやりまくった人さ。

 

仁徳天皇は3年間、民から税金を取ることはしなくて、宮中の生活をめちゃくちゃ節約した人なの。

天皇はすでに豊かで民が苦しんでるんだから!!

というのがあまりにも美談すぎて、大山陵古墳ができたのが没後50年くらい経ってたから

 

本当にいたのか?
みんなが仁徳天皇を敬って作ったんじゃないか?

 

と色んな憶測が飛び交っているわけだね。

 

 

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