≪元禄小判で超インフレ?将軍・綱吉の元禄小判鋳造①の続き≫
金の含有量の違いを生かして、同じ形で質を落とす、これで利益を得ようとしていた幕府。
これが大きな波乱を呼び起こしてしまう。
元禄小判鋳造の影響
江戸の商人たちもバカではないので、「金の含有量が減ってしまうことは、その小判自体の価値が下がることと同じ」ということを知っている。
だから最初はみんな慶長小判を手放さなかったので、元禄小判はほとんど出回らなかった。
しびれを切らした幕府は、「慶長小判100枚返してくれたら元禄小判120枚あげる!!」と言った。(ちなみにこれでも幕府側に利益が出る)
こうしたら商人たちはみんな交換するようになって、結果的に元禄小判は大量に流通。
しかし商人たちが当初考えていたように、金の含有量が減った小判の価値は落ちているわけだ。
当然モノを売る人たちは商品の値段を上げる。
例えば慶長小判1枚で買える商品があったとしよう。
金の量で考えたら15グラムと交換していたわけだ。
しかし元禄小判では9.75グラム。
商人にとってこれでは割に合わないから、元禄小判1枚では商品を売らないよね。
こうしてインフレがどんどん加速していった。
インフレの影響が一番大きくあらわれるのは一般庶民層。
物価が上がって今まで通りの生活ができなくなり、不満が増大していった。
まとめ
綱吉と荻原重秀は財政難を何とかしようとして元禄小判を作成したけれど、これが結局はインフレを招き、庶民の生活を圧迫してしまった。
これは綱吉の悪政の一つと言われている。