明治時代

熊本での神風連の乱は廃刀令に激怒した!

投稿日:

士族の反乱は止まらないよ。

わざわざ熊本での!としたのはこの神風連の乱が熊本で起きたことを覚えておいて欲しかったからなんだ。

この時期の士族の反乱って、何が大事かって起きた県なんだよ。それくらいしか出題のしようないしね!!

 

ってことで、今日は神風連の乱についてだよ。

神風連の乱

別名:敬神党(けいしんとう)の乱

 

1876年に廃刀令が出された!って話は以前したよね。内容は軍人と警官以外は刀持っちゃだめ!

ってことだよね。1871年には脱刀令では腰に刀をまくことを許していたんだよ。政府陣の中でも武士から刀を奪っちゃったら、国力を増強する!っていうモチベーションが下がっちゃうってことでさ。

でも、1876年の廃刀令では完全に禁止したのね。

その廃刀令にブチキレ!!!したのが神風連の乱なわけ。

 

ちなみに、後々廃刀令に関して起きた士族の反乱についてやるけど、

この神風連の乱ってのは、他の士族の反乱に影響を与えた乱だったの。

 

結局、政府に鎮圧されて自刃した人も多かったらしい。

 

神風連の乱の意義

 

明治新政府にとって士族ってのは頭を悩ませる存在だった!って話はしたよね。

戊辰戦争の恩賞を与えないといけないし、士族としてのお給料も支払わないといけないからさ。政府の歳出の30%以上を士族のお給料や報酬が占めていたから、どうにかしたかったわけ。

そこへのアプローチが秩禄処分や廃刀令だったわけ。さらに国民皆兵の徴兵令が1873年に出されることによって士族のアイデンティティってのはどんどん損なわれていくわけ。

 

だから、士族ってのは明治新政府に不満を持つ。

それが形になって表れていくのが佐賀の乱 → 神風連の乱 → 秋月の乱・萩の乱  → → 西南戦争

につながるわけなんだよね。
このあたりをサラっと勉強しちゃうと、なんで西郷隆盛が新政府の立ち上げに尽力していたのに一転、明治六年の政変で下野して、西南戦争を起こすのか?ってことが理解できないよ。

俺も高校3年生の時に、「征韓論が通らなかっただけで西南戦争起こすってのはなんでなんだ。」って思っていたけど、士族の新政府に対する不満から佐賀の乱も西南戦争は一時は明治政府で仕事をしていた人物が指揮することになるわけだね。

-明治時代
-

Copyright© 大学受験の日本史を極めるブログ , 2019 All Rights Reserved.