明治時代

江華島事件をわかりやすく。日朝修好条規につながるよ!

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前回は征韓論について話したね。

明治新政府になる時に、今まで対馬と朝鮮が貿易していたから、「これからは明治新政府になりますんで!」と伝えにいったところ朝鮮はつっぱねたんだよね。

そう、朝鮮は江戸時代の日本のように鎖国をしていたんだよね。その他にも国学や水戸学の影響から征韓論ってのは熟成していったわけだ。

 

ここいらの前提条件が江華島事件を理解する上で役立つぜ。

江華島事件をわかりやすく

1875年に日本の軍艦雲揚号(うんようごう)が朝鮮の江華島の周りをウロウロしていたのね。

まぁ雲揚号が朝鮮に対して、挑発行為をしたんだとかしていないんだとか、言われているけど実際はわからないね。日本史の教科書だと挑発行為をした!

となっているよ。

で、朝鮮は砲撃すんの。雲揚号に対して、ドッカーン!!って。
日本としては、「やられたら、やり返す!倍返しだ!!」ってことで、朝鮮の永宗城島(えいそうじょうとう)を占拠すんのね。

これが明治六年の政変の2年後のことだから、歴史ってのはおもしろいよね。
日本としては、江華島にはただ立ち寄って水や食料の補給をしようとしていたんだよ!なのにあいつらがいきなり撃ってきたんだぜ!!と主張しているよ。

ちょっと怪しいけど、当時の戦争ってのはこうやって仕掛けるのが多いんだよね。イギリスと清のアロー号事件なんてまさに「でっちあげ」じゃんかね。

 

これが江華島事件。

ご存じのとおり、翌年に朝鮮にとって不平等である日朝修好条規を結ぶんだよ。

新政府の時からの悲願だった、朝鮮開国を実現することとなったのがこの江華島事件なわけなんだわね。

 

これから日本は、欧米列強に開国させられたように、朝鮮を開国し、欧米列強がアジア・アフリカを植民地にしていったように、朝鮮を植民地にしていくわけだね。

 

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