大正時代

富山県の米騒動の発生理由をわかりやすく。第一次世界大戦の好景気。

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第一次世界大戦は実は日本にとってはとても都合の良い戦争だったんだ。

明治末期から慢性的に不況と財政危機に日本は悩まされていたよね。第二次西園寺公望内閣の時は軍の師団を増やそうとしても不況で増やせなかったくらいだからさ。

国民は続く不況に苦しんでいて、大正デモクラシーにつながっていったわけさ。

でもね、日本は第一次世界大戦を契機に空前の好況になっていくんだよ、いわゆる大戦景気さ。

日本とアメリカは直接的な被害ってのはあまり受けず主にヨーロッパが戦地になっていたんだ。

 

特に日本は世界的に船舶不足に便乗して、海運業や造船業はめちゃくちゃ儲かったわけ。

イギリス・アメリカに次ぐ世界3位の海運国になったって言うんだから驚きだよね。

 

そんな景気の良い時になぜ米騒動が?

こういった流れもしっかりと覚えておこう。

 

米騒動の発生理由

さっきも話した通り、第一次世界大戦で日本は景気が良かったわけだね。

農村の人たちは次々と都市部にやってくるし、地方の農産物価格も上昇して農家の収入もかなり増えたんだ。

 

ただ、もちろん生活必需品の価格も上昇していったから、「農家の収入も増えたけど、そんなに家計は楽にならない」

といった状況だったわけ。明日から急に年収が1,000万円になっても、パンが1個500円とかになったら何も意味ないじゃん?

そんな感じ。

造船業や海運業の人達は馬鹿みたいに儲かってたけど、庶民はそんなに影響なかったのさ。

ほら、アベノミクスで株価がすごい!でもあまり実感はしないよね、みたいな感じ。

 

特に日本は肉を食べる習慣も無かったし、保存の悪い魚なんかも庶民はあまり食べる機会が無かったから、

米の消費量って半端なかったんだよね。肉体労働者なんかは米めちゃくちゃ食うみたいな。

1917年ころから米の価格はどんどん上昇していって、1918年には米価格は急上昇して庶民は生活を脅かされたわけ。

 

これが米騒動の発生理由さ。

地主制を引いていたこともあり米の生産量にも限りがあったし、

1918年8月に寺内正毅内閣がシベリア出兵を発表すると、商人たちは「よっしゃ!景気よくなるやんけ!」と考えて手持ちの商品を売らないで取っておいたんだよね。

だって、景気がよくなった時に売った方が高く売れるからね。

 

米騒動の発生場所は富山県!

富山県で騒動が発生したってのは大学受験の日本史だと要チェック内容だ。

富山県の漁村の主婦たちが米価の高騰の阻止をしようと運動を始めたわけ。

越中女一揆とも呼ばれるよ。

主婦の力ってすごいね。まぁそれだけみんな切迫していたってわけなんだろうけど、たちまち全国に広がっていったの。

 

その運動が激化して米商人や精米会社が売り渋ってるから、各地で襲撃される事件が起きたわけだ。

これが米騒動だね。

 

難関大学を受験したい人は、米騒動で襲われた鈴木商店って用語も覚えておこう。焼き討ちにされちゃったんだよ。

 

そんなんで寺内内閣が総辞職したの!?

そう甘く考えちゃうけど、実際の米騒動は本当に酷くて、米騒動に参加した人は約70万人。(当時の日本は今より全然人口少ないよ)

検挙されたのは2万人以上。連日、新聞に掲載される大事件だったんだ。

政治的思惑もなく自然発生的に起きた騒動がこれほどまでに発展するって事は、政治に問題ありって事で辞職に追い込まれたわけさ。

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