安土桃山時代

太閤検地で定められた石高制、石盛ってなんだ?

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前回は、秀吉が行った太閤検地の詳しい内容について見てきたね。

京升の設定や、一地一作人制度、検地帳の作成が行われたんだった。

 

さて、「検地帳」の説明の中で“田んぼの等級”という言葉があったと思う。

これはいったい何なのか。

 

詳しく見ていこう。

 

石高制説明の前に・・・石盛って?

江戸時代においても、「何万石の大名」なんて言い方をするよね。

この「石」って何なのか、っていうと石高のこと。

 

要するに米の生産量のことだ。

まずこの石高制を理解するには“石盛”を知る必要がある。

石盛とは、一段(田んぼの面積の単位)につきどれくらいの収穫ができるのかを表している。

 

例えば、僕が一つの田んぼを持っていたとしよう。

小さいながら結構稲が育ち、よく米がとれる田んぼだ。

 

ここに、検地をするため役人がやってくる。

僕の田んぼを見て、「ああ~これはいい土地だねえ。米いっぱい取れてるし。」と判断。

 

検地官から、僕の畑は“上田”と定められた。

上田に指定される基準は、田んぼ一段から1石5斗の米がとれると見込まれるとき。

 

つまり僕の石盛は一石5斗というわけだ。

石高(制)とは

石高は、上で説明した石盛に、田んぼの面積をかけたものだ。

 

さっきの例を使うと、僕の田んぼの石盛は上田だから1石5斗。

これに、僕の持っている田んぼの総面積をかける。

 

つまり1石5斗×持っている上田の面積で算出されるのが、僕の石高。つまり総生産量だ。

 

まとめ

石高は、石盛×面積によって求められる。

こうして計測方法を統一化することで、どの田んぼがどれくらい米を生産できるのかを正確に測ることができるようになったんだ。

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