遣隋使を送った目的って?小野妹子の返書紛失事件の真相についても。

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推古天皇の治世で行われた中で、これまた重要なのが今回見ていく「遣隋使(けんずいし)」の派遣。

 

多分一番聞きなれてるのは「遣唐使」の方だと思う。

遣隋使は、遣唐使よりも前の時代に中国に送られていた使節のことだ。

 

中国が「隋(ずい)」という国だった時に送られたのが遣隋使、「唐」という国だった時に送られたのが遣唐使だ。

名称が違うだけで、その目的とかは特に変わりはないってのを、前提として覚えておいてね。

 

それじゃあ本題に入っていこうか。

今回も面白いエピソードあるよ。

遣隋使の目的は?

 

遣隋使は文字通り「隋に派遣された使節」のことをいう。

冒頭でもちょこっと話したけど、当時の中国は隋(ずい)という国だったんで、遣“隋”使と呼んでいる。

 

今風に言えば、日本(この頃はまだ倭国という名前だった)から中国(隋)へ送られた外交団というわけだね。

 

当時はアジア圏だと中国が物凄く発展していて、国の規模もデカかった。

日本としては、先進国が持つ文化だったり技術だったりを見て・学んで持ち帰ろうとしていたわけだ。

 

そのために遣隋使は送られていたんだ。

 

 

朝貢貿易

で、ここ重要な点なんだけど・・・。

 

遣隋使ってのは、単に中国に行って帰ってくるだけの集団じゃない。

「朝貢貿易」っていう、独特な貿易関係(もっと言えば国際関係)を築くものでもあるんだ。

 

朝貢って仕組みは言葉は少なくとも中学校くらいで教えられるよね。

 

  • 中国の皇帝に対して、近隣の国は貢ぎ物を送る。
  • 皇帝は、貢ぎ物を送ってきた国にお礼としてお宝を返す。

 

というものだ。

 

朝貢貿易のミソは、

中国側・・・

  • 皇帝は周辺の国から貢ぎ物をもらうことで、「自分が一番偉い中国の皇帝なのだ!」と示すことができるので嬉しい。
  • 周辺の国を朝貢貿易で手懐けておくことで、いきなり攻撃される心配が少なくなる。

 

周辺の国側・・・

  • 周辺の国は皇帝からの超豪華なお宝をもらえるので嬉しい。

 

というわけでどちらもウマみがあるということ。

 

遣隋使はこの朝貢貿易を行うという目的でも送られていたんだ。

 

日本書紀に書かれているのは2回目から

 

第1回遣隋使派遣は600年!

 

遣隋使が最初に送られたのは、西暦600年の時のこと。

超キリがいいから覚えやすいね。

 

ただ、この第1回遣隋使派遣は残念ながら日本の歴史書代表「日本書紀」には載っていない。

中国の歴史書に書かれていたことで判明した。

 

まあでも第1回はあんまり重要じゃなくて、面白い(もとい重要)のは第2回遣隋使派遣だ。

 

 

第2回遣隋使派遣では小野妹子が参戦

 

まず一人、有名人を紹介しておこう。

その名は小野妹子。

 

初見だと女性って勘違いする男性だね(笑)。

 

この人は小野氏(おのうじ)という氏を持ってて、姓(役職)は臣。

詳しくは氏姓制度のとこでやったけど、要するにめちゃくちゃ良い家系に生まれた官僚ってわけだね。

 

で、この小野妹子は中国の皇帝に、国書(聖徳太子が書いた手紙)と呼ばれる書物を持って行った。

 

大事件発生⁉

しかしまあ、この内容がまあよろしくなかった。

 

この国書には有名なフレーズ「日出づるところの天子、書を日没する所の天子に致す。つつがなきや。」という文言がある。

 

意味は、「太陽が出てくるところ(=日本)の天皇から、日が落ちるところ(中国)の皇帝に文書を送りたいと思います。ご機嫌いかが?」

というもの。

 

これを見た中国の皇帝(煬帝という名前だった)は超~~~~~キレた。

 

パッと見普通だけど、これ2か所ほど激怒ポイントがあるんだよね。

まず一つ目は、「天子」というワード。

 

これ日本の天皇のことも「天子」、中国の皇帝のことも「天子」って言ってるから同列に扱っていると取れちゃうよね。

だけどさっき朝貢貿易のとこで見たように、中国の皇帝はアジアでトップの存在でありたいわけよ。

 

ちっちゃい日本の王様なんかと一緒にされたくないっていう理由で、皇帝は激おこだったんだ。

 

 

あともう一つ、「日出づる~」「日没する~」という表現も良くない。

 

聖徳太子としては

「ん~中国の皇帝に送る文書だし、出だしはカッチョよくしたいなあ・・・。“東の日本から西の中国へ~”って出だしもちょっとピンとこない・・・。あ、「太陽は東から昇って西に沈む」ってのを使って比喩にしたら、めちゃくちゃええやん!」

 

って感じだったんだろうけど、これ捉えようによっちゃ「中国は斜陽の国ですね~(笑)。衰退気味?日本は陽が昇るように発展していきますけども(笑)」と煽ってるようにも見える。

 

まあこういったことで中国の皇帝はキレたわけ。

 

 

小野妹子による返書紛失事件の真相

 

中国の皇帝を怒らせたのももちろん事件なんだけど、問題はさらに続く。

 

なんと小野妹子は帰国すると、「皇帝から返信として持たされた国書を帰ってくる途中で“何者かに奪われて無くしてしまいました!”」と言ったんだ。

 

当然、こんなの大罪人として殺されてもおかしくないくらいの大失態

 

実際妹子はこの件で流刑にされかけるんだけど、その後なぜか許されてまさかの昇進まで果たし、次の年再び中国へ向かうまでになる。

 

これなんか不自然じゃない?

失敗したのに昇進するなんて・・・。

 

これについては、いくつかの推測が立てられている。

 

  • 妹子が皇帝から渡された返書の内容が、「日本は格下だろ!?皇帝は俺様ただ一人なんだっつの!」という激おこ文書で、持って帰ったら怒られそうだったから途中で捨てた説

 

  • 妹子はちゃんと持って帰ってきたけど、内容があまりに不都合だったから、天皇や聖徳太子が「妹子が途中で無くした」ことに仕立て上げた説

とかがある。

 

小野妹子が返書紛失→不自然な昇進という事実があることや、盗まれた返書を取り返そうとした様子もなかったことから、無くしたというより「聖徳太子側が“無かったことにした”」説が有力なんだよ。

 

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