昭和時代

朝鮮戦争にて警察予備隊が発足。保安隊→陸上自衛隊に。逆コースの最たる例!

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1950年の朝鮮戦争は3年間も続いた戦争だったんだけど、戦後の日本にとっては特需をもたらした戦争だったね。

アメリカ軍や国連軍が日本から出動する時に戦争に必要な物資をドルで日本から買ってくれてね。

当時、日本は深刻な外貨不足だったからドルがもらえる事で必要物資をたくさん輸入できるようになったんだよね。

 

そんな時にマッカーサーが吉田茂内閣に指示していたのが、警察予備隊なんだ。

アメリカ軍が日本からいなくなっちゃうからね。

今日は陸上自衛隊の前身、警察予備隊について見て行こう。

 

警察予備隊とは?

先述したけど、マッカーサーは吉田茂内閣に

1950年7月、『国家警察予備隊(7万5,000人)と海上保安庁の拡充(8,000人)』を命令したんだよ。

理由はアメリカ軍が朝鮮戦争で日本からいなくなっちゃうって事で、

日本の平和と秩序を守るためなんだよね。

 

名前は『警察予備隊』ってつけられているから警察の任務に限られているものなんだけど

実体は軍隊だよね。まぁ日本は憲法9条で戦争を放棄してるから議論されたわけだ。

戦後直後の日本の占領政策は民主化、非軍事化だったから、この警察予備隊の発足は逆コースと呼ばれたんだ。

逆コースと言えば、レッドパージも必ず覚えておいてね。

レッドパージについて詳しく知りたい人は『公職追放とレッドパージの違いとは?目的をわかりやすく。』の記事を読んでね。

 

警察予備隊はあくまで治安を維持するための組織という建前で吉田茂はアメリカ側の要求を飲んだんだけど、

実際はこれ以上アメリカ側に軍備を拡大するような要求をさせたくなかったんだってさ。

もちろん諸外国も反発してたし、野党なんかブチ切れてたし、国民も先の戦争でもう戦争はこりごりだったから

警察予備隊を迎合していはいなかったからね。

 

保安隊→陸上自衛隊に編成

警察予備隊は警察予備隊令だ出されて180日後に失効する事になっていたので、

1952年に保安庁法を成立させて、日本の国内保安のための武装組織、保安隊を作ったんだ。

 

その後1954年に日本はアメリカと『日米相互防衛援助協定』を結んで

「ある程度、自分たちで自分たちを守りましょうね」

という約束の下、陸上自衛隊が発足したって流れだね。

 

もちろん、マッカーサーが警察予備隊作れ!と指示して、その後アメリカからの要望もあって

陸上自衛隊に編さんされていくわけだけど

いきなり何の経験もない人ができるわけないじゃん?

だから、戦前の日本で陸軍で働いていた人達が多く、この警察予備隊にて役職についていったんだ。

過去の戦争の反省をいかして、衝突が起きないように慎重に人選されていったらしいよ。

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