昭和時代

片山哲内閣は炭鉱固化管理問題で退陣。

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第一次吉田茂内閣が二・一ゼネスト計画の後に退陣して、その後成立がしたのが片山哲内閣。

片山哲や弁護士として活躍していた人物で、初の日本社会党首班内閣なんだね。

日本社会党は無産政党から成立した党なんだけど、日本社会党と無産政党に関しては、『日本社会党は無産政党から結成。無産政党とは?わかりやすく解説。』の記事を読んでね。

 

片山哲内閣は炭鉱国家管理問題で退陣

まず、片山哲内閣は日本社会党と民主党と国民協同党の中道勢力3党の連立政権で成立する。

中道って何??

って思うかもしれないけど、右派でも左派でもない事を中道と言うんだよ。

この場合、片山哲内閣が成立した時に、吉田茂率いる日本自由党の議員から大臣を任命して組閣するつもりだったんだけど、日本自由党はこれを拒否してさ。

というのも日本自由党は日本共産党をめちゃくちゃ嫌っていて反共の立場を取っていたじゃん?

だからこの片山哲内閣は、日本自由党(右派)と日本共産党(左派)以外の政党から成立した政権って事で、『中道勢力』ってわけ。

 

片山哲はクリスチャンでさ。

国会から指名された初の内閣で初の無産政党から成立した内閣なんだけど、GHQの言いなりでグズ哲って呼ばれちゃったりするよ。

 

片山哲内閣の時1947年に国家公務員法が制定されたんだえけど、炭鉱国家管理問題で退陣しちゃうの。

当時、日本は戦後からの復興のために傾斜生産方式が取られていたよね?

傾斜生産方式ってのは石炭と鉄鋼に超重点的にお金と人を投入して、経済を復興させようってやつ。

 

その時に、日本の復興のかなめともなっていた石炭業を国有化してさ、炭鉱を国家で管理しましょうよ!

という臨時石炭鉱業管理法の方針を取ったんだよね。

そうそう、片山哲や社会主義者だから。社会主義的な政策をしていったわけ。

この石炭業を国有化するという方針に対して、自民党は反対して、さらに連立政権を取っていた民主党まで反対しちゃっから退陣したってわけだね。

これが炭鉱国家管理問題ってわけ。

 

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