田沼意次は海舶互市新例の緩和で貿易を発展させた!

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さて、今回からは田沼意次が行った「外交政策」について見ていこう。

 

経済政策ではなかなか攻めた政策をやっていたけど、実は外交でも結構アグレッシブ。

 

意次が行った外交政策を大きく分けると2つになるんだけど、今回はその中から「海舶互市新例の緩和」について見ていくよ。

 

海舶互市新例、覚えてる?

 

海舶互市新例は、新井白石が定めた国際貿易を制限する法令。

当時日本はオランダ、清との貿易を長崎で行っていた。

 

だけど、長崎で行われていた貿易はほとんどが「外国からの輸入」だった。

 

これが問題だった。

 

輸入だけ、ということは物資の対価として金貨や銀貨をオランダ・清に渡しているということになる。

つまり、日本から金や銀が流出していってしまっていたんだ。

 

新井白石は、このままだと日本の金銀が全部なくなっちゃう!と思って、一年あたりの貿易額や来航できる船の数を制限した。

 

しかし、意次は何度も言うように「商業至上主義マン」。

 

長崎貿易の貿易額を増やし、どんどん発展させていこうと考えた。

 

しかし、今まで通り金銀で対価を払っていたのでは流出してしまう。

 

そこで意次が思いついたのが・・・。

オランダとの貿易では銅を、清との貿易では俵物を

 

オランダとの貿易において、これまでは金銀を使っていた。

 

これに対して意次は「金銀がダメなら銅使えばよくね?」と考えたわけだ。

こうすれば海外に金銀は当然流れ出ないよね。

 

 

清との貿易では、「俵物」を対価として貿易するようにした。

 

「俵物」というのは、いりなまこ・ほしあわび・ふかひれといった海産物のこと。

実はこの三つは中華料理にとって欠かせない食材だった。

 

清ではこれらの食材の需要がとても高く、日本産の輸入が増えていた。

 

この俵物を対価として貿易を行うことで、金銀の流出を防いだんだ。

まとめ

意次は機転を利かせて、長崎貿易を発展させつつ金銀流出を抑えることに成功した。

海舶互市新例の緩和は、言ってみればこれまで代々続いてきた「鎖国政策」を緩和したことでもある。

こういった意味で意次の外交政策は非常に前衛的だった、と言えるね。

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