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犬養毅の暗殺事件五・一五事件の理由とは?

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犬養毅が暗殺された五・一五事件。

暗殺された理由を知るには当時の日本の政治的・経済的背景を理解する必要があるよね。

今日はその犬養毅が暗殺された理由について見ていこう

 

犬養毅が暗殺された理由

まずは当時の日本の状況を理解する必要があるね。

1、長引く不況

第一次世界大戦の時の好景気の反動で日本は1920年代に大変な不況になってしまったよね。

第一次世界大戦時も儲かっていたのは海運業や造船業で国民は物価が上がるだけで、生活は全然楽になっていなかったよ。今の日本みたいだね!

第一次世界大戦の戦争時は赤字が続くから各国は自国の金を海外に垂れ流さないように金の輸出を禁止していたんだけど、1920年代になると解禁。

日本も解禁したかったんだけど、不況が続いて解禁できなかった。

よっしゃ!そろそろ解禁や!

と意気込んた時に1929年世界恐慌が起きる。そして日本は昭和恐慌に突入。

といった具合で、

国民は長引く不況に不満を抱いていたわけ

 

まずこれが理由その1だね。不況を打破できない政治に対して物凄い不満を抱いていたの。

 

2、中国の不安定と政府の方針

当時の中国は日本から脱却を目指して中国全土を統一する動きが起きていたよね。

日本の製品を購入しない不買運動も起きていた。そこで関東軍が『満州国作ろうぜ!』と勝手に行動をしだす。

満蒙は日本の経済にとって生命線だったから、とにかくどうにか権益を回復しなければならない。

でも、若槻礼次郎内閣も犬養毅内閣も満州国の建国には反対。特に外相の幣原喜重郎は大反対してたね。

というのも九か国条約で中国の主権を守るという条約を交わしちゃっていたから、日本が勝手に中国に攻め入って『日本のもの!』なんてやった暁には各国から批判されちゃうから。

 

でも国民は不況下じゃん?いいぞ!関東軍もっとやれ!といった気運が高まっていたわけ。

政府が満州国の建国に消極的だった

これが理由その2。

こういった背景があったのさ。

 

国家改造運動が起きる

そんな状況の中、まるで明治維新のように若い連中が集まってさ。

とくに青年将校。あとは同じ思想を持つ右翼団体。

それに現状の打破を目指す官僚まで参加しちゃってさ。軍部独裁による新しい国家体制を作ろうとしていたんだ。

この動きを国家改造運動と言うよ。

 

まぁ結局彼らの活動は成功して犬養毅内閣以降は内閣は全部、軍部出身なんだけどね。

そういった背景があって犬養毅は暗殺されてしまったんだ。

 

 

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