昭和時代

中国の平和五原則とは?覚え方は理想な平等と平和。周恩来首相。

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時は冷戦。

今回はお隣の中国とインドで結ばれた平和五原則について見ていこう。

中国とインドの間には「チベット」という場所(かつては国)があって、中国とインドってのはこのチベット問題で揉めていた国同士だったんだ。

↓チベットの場所↓

ちょうど、インドとと中国の間にチベットがあってさ。このチベット問題に関しては別の記事に譲るとして、今回はインドと中国の平和五原則に集中してみてみよう。

 

平和五原則の覚え方

まずは覚え方ね。

→領土・主権の尊重
→相互不侵略
→内政不干渉
平等と→平等互恵
平和→平和共存

なんでわざわざ、大学受験の日本史のブログなのに中国とインドの平和五原則を取り上げたのか?と言うと。

冒頭にもある通り、時は冷戦。アメリカとソ連のような大国が冷たい戦争を繰り広げて、陣地取りをしている時に

中国やインドのような第三世界が存立するための基礎を築いていったのがこの平和五原則なんだ。

 

インドと中国は上記のような領土や主権と尊重して政治に介入しない事や対等の国でいる事を互いに宣言して、

これが中国とインド間だけではなく、他の第三世界(アジア・アフリカ)にも適用させて、我ら第三世界は独立して主権を護持しよう!

と誓い合ったんだ。

そして、1955年にはアジアアフリカ会議が開催されて、平和に関する十原則を発表したんだ。

 

平和五原則は守られたのか?

日本のメディアの影響もあるかもしれないけど、

『本当に中国がそんなに約束守るの?』

と思ったのかもしれない。

 

うん、実は守られなかったんだよね。

インドと中国はその後1957年にヒマラヤの両国の国境がどこかって事で揉めてさ。対立状態になったんだ。

日本は島国だからイメージわきづらいけど、陸続きの大陸国は領土でずっともめてきているよね。

その時に、チベットのダライ=ラマがインドに亡命して2国間の対立は明らかになったんだ。

そして1962年には紛争状態になってしまったんだね。

 

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