平安時代

平氏政権を簡単にわかりやすく!日宋貿易との関わりについても

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平治の乱終結後、一旦小康状態となった二条天皇と後白河上皇。

しかしこの後、ま~いろいろあった。

 

後白河院制が停止させられたり、二条天皇が死んだり、後白河院制が復活して二条派が無くなったり・・・。

そんな中で、ひたすら上手く立ち回って権力をどんどん拡大していったのが、お馴染み平清盛。

 

最終的には後白河上皇に取り入って、内大臣や太政大臣にまで昇進(当時では異例中の異例)し、政治の中枢にまで入り込む。

 

そして始まるのが、清盛による“平氏政権”、日本初の武家政権というわけだ。

平氏政権の特徴

 

冒頭でも言ったけど、平氏政権はよく“日本初の武家政権”とか言われる。

 

実際そうだよね。

平氏は戦争で名をあげて、院(時には天皇)などの政治的な権力者に取り入り、終いにはほぼ清盛が政権を動かすまでになってしまったからね。

 

じゃあ具体的にどんな政治をしてたかって話だよね。

平氏政権は、武家政権と言いつつも鎌倉時代みたいな政治体系でもなかった。

 

鎌倉時代からの武家政権ってのは、朝廷とは別の、独立した政権だよね。

それに対して清盛による平氏政権は、「自分が朝廷内に入って政治をする」という朝廷ありきの政権。

 

こう言った経緯から、平氏政権はこれまでの貴族的な政治と武家的な政治のハイブリッドって感じになってる。

 

例えば、貴族的な部分でいうと

  • 外戚関係の構築
  • 荘園・知行国制度の踏襲

など。

 

清盛は二条天皇の次の次、高倉天皇の外祖父となって権力を拡大したり、もともと摂関家が持ってた荘園をどさくさに紛れて平氏のものにしたりしたんだ。

 

逆に武家的な部分はというと

  • 自分の家人を地頭に任命していた
  • 日宋貿易を行っていた

 

地頭とかは鎌倉幕府で本格的な制度になっていくけど、実は平氏政権のころからちょっぴりその原型みたいなものが出てきてたんだ。

そんでもって、平氏政権を語るうえで絶対外せないのが「日宋貿易」だ。

 

平氏政権の日宋貿易

 

平氏は、この日宋貿易(中国との貿易)を積極的に行い、儲けに儲けた。

日本からは金や銀、水銀といった鉱物資源を主として大量に輸出され、代わりに宋からは宋銭(当時の宋で使われていた貨幣)やら美術品やらが輸入された。

 

平氏はこの日宋貿易を独占的に行ったため、利益がまるっと手元に入ってくる形になり、これで莫大な財産を築くことになった。

 

この日宋貿易によって、日本に「貨幣」そして「貨幣経済」というものが浸透することとなった。

 

 

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