前回はロシアと日本のイザコザである、「ゴローニン事件」について見てきたね。
今回から見ていく「フェートン号事件」は、もっとスケールのでっかい話。
なんと日本から遠く離れた、ヨーロッパでの戦争が発端なんだ。
ナポレオン戦争ってなんぞ!?
フェートン号事件の発端となるのは、世界史で習うことになる有名なヨーロッパでの戦争「ナポレオン戦争」。
「ヨーロッパの戦争がなんで日本の事件に関係あるの?鎖国中なのに・・・。」と思う人もいるだろう。
しかし、忘れちゃいけないのは、日本が唯一ヨーロッパの国の中で貿易していたオランダという国の存在だ。
18世紀、ヨーロッパではナポレオン戦争という、ヨーロッパ全体を巻き込むような大戦争が行われていた。
その中で、オランダがフランスとの戦争に敗北して占領されてしまう。
オランダの国王はというと、命からがらイギリスに亡命。
そのオランダ国王の要望で、海外にあるオランダの植民地をイギリスがどんどん接収し始める。
オランダ東インド会社「フランスのものになんかならねえぞ!」
問題はここから。
当時オランダの植民地だったジャカルタには、日本とオランダの貿易を担当している貿易会社「オランダ東インド会社」の拠点があった。
オランダ東インド会社は「イギリスにこのジャカルタはくれてやれねえなぁ!」とイギリスからの支配を受け入れない姿勢をとった。
これでイギリスとオランダ東インド会社とのケンカが始まる。
このケンカの舞台が、日本の長崎だったわけだ。
前編まとめ
フェートン号事件は、今回説明したナポレオン戦争の知識があった方が理解しやすい。
さあ、後編ではいよいよフェートン号事件の内容に迫っていくよ。