昭和時代

復員兵や引揚げとは?

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今回は第二次世界大戦後の人々の生活にスポットを当ててみよう。

東京大空襲で東京は焼け野原になってしまったのと、日本は戦争までの間、軍事産業に頼り切っていたよね?

だから日本の経済ってのはほぼ麻痺状態になっていて、GHQの指示の下、経済の立て直しが図られていたんだ。

立て直しのためにGHQが幣原喜重郎に指示した五大改革指令に関しては、『五大改革指令とは?内容と覚え方をわかりやすく。』の記事を読んでね。

 

そして、戦後、戦争に出ていた軍人や民間人の復員や引揚げで人口が急増した事も国民生活の困窮を招いたんだ。

まずは復員、引揚げについて見ていこう。

 

復員、引揚げとは?

復員

陸軍や海軍の軍人が軍の仕事を解除されて、各自の家庭に戻る事。

日本は戦争で負けたからもちろん軍人ももう仕事がなくなるよね?戦争が終わった時に、外国にいた兵士が約310万人。

国内にいた軍人が約350万人いたんだ。彼らが一挙に仕事を失って、いわば『難民』になるってんだから、とんでもない事だよね。

 

引揚げ

敗戦時に海外に住んでいた日本人が日本に戻ってくること。

特に中国に多く住んでいたんだけど、その人数は約320万人ほどいたんだ。1947年に米・英の占領地にいた日本人はいち早く引揚げをして

ソ連、中国にいた日本人の引揚げは1956年まで続いたんだよね。敗戦から10年もかかったんだ。

 

どうしてそんなに時間がかかったの?

 

そう疑問に思った君は素晴らしい。

まず、当時の日本は物不足かつ極度のインフレで困っていたね。

軍人だけでなく軍需工業に勤めていた人達約400万人も失業に追い込まれたから、日本の政府は海外にいる日本人を海外にそのまま定住させることも検討したくらいなんだ。

一気に戻ってこられちゃ困るからね。

 

そして、こちらは歴史ではあまり語られないんだけど、ソ連では約60万人の軍人や居住民がシベリアの収容所に移送されて強制労働をさせられたりしたんだよ。

そのうちの10%の約6万人が命を落としているんだね。

 

引揚げに10年近くかかったこともあって、現地で生まれた子供たちは残留孤児になってしまったという戦争の影もあるんだ。

 

国民の生活は非常に苦しくて、都市部に住んでいる人達がわざわざ農村部まで食料を買いに行く『買い出し』を行ったり

各地の焼け野原では露店形式の闇市もあったんだ。闇市は本当はやっちゃいけないんだけど、公然と行われていたんだよね。

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