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第二次大隈内閣にて二十一か条の要求と二個師団増設の可決。

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さて順々に人物をピックアップして大学受験の日本史で重要な出来事をセットで覚えて理解していくコーナーさ!

え?とてもタメになるって?

ありがとう!カテゴリの「人物シリーズ」に関しては私立文系の難関校を受ける生徒は必ず何度も読み直して欲しい内容だ。

というの、私立難関校ってのは〇〇の時に〇〇が起きたとか、正確に覚えておかないと解けない問題ばかりだからさ!

 

というわけで、今日は第二次大隈内閣だ。

ちなみにこの記事を書いている私は、約15年ほど前に「泰一次世界大戦の時の内閣総理大臣は誰か?」というのを覚えていないととけない問題が出たよ。

そうさ!第二次大隈内閣なのさ。このシリーズの重要度を理解してほしいぜ。

 

第二次大隈内閣

大隈重信は知っての通り早稲田大学を作った人だけども、

第二次大隈内閣で覚えておいて欲しい内容は以下の2つ。

二十一か条の要求
・2個師団増設の可決

第一次世界大戦のどさくさに紛れて中国に要求した内容だったね。

その他にも二個師団増設が第二次大隈内閣では可決されるよ。

第二次西園寺内閣の時(1912年)に陸軍が朝鮮に師団を増やすために要求したけども、当時は財政状況の悪化から国民から不満を買ったね。

それで二個師団の増設は実現しなかったけども、今回は戦争だからさ。

1915年の総選挙で立憲同士会が圧勝して2個師団増設が可決したわけ。

 

みんな第一次世界大戦は1914年!と覚えているから、ちょっとイメージ沸かないかもしれないけど、

第一次世界大戦って1914~1918年の4年間あったからさ。

二個師団増設はその間に可決したわけ。

 

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