古墳時代

憲法十七条の目的とは?簡単にわかりやすく。

前回、聖徳太子&蘇我馬子が推古天皇の時代に行った政策「冠位十二階」について見てきたよね。

 

そんな聖徳太子たちが行ったもう一つの大きな施策が、「憲法十七条」だ。

 

ただね~これがまた日本書紀がらみってことで、疑惑の目が向けられてたりするんだよね・・・。

今回も憲法十七条の内容と一緒に、疑惑についても見ていこうと思う。

 

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冠位十二階を簡単に、わかりやすく説明するよ。

ヤマト政権は6世紀に、一旦勢力を弱めたんだけど、6世紀後半~7世紀に入って再び力を取り戻した。

 

力を復活させた当時のヤマト政権の中枢にいたのが、「蘇我馬子」と「聖徳太子(厩戸皇子)」

この2人が行った政策によってヤマト政権の在り方が結構変わることになる。さらには、この後始まる奈良時代への大きな足掛かりとなる。

 

その政策の中で超重要なものの一つが「冠位十二階」という制度。

今回はこれを詳しく見ていくよ。

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磐井の乱になぜ新羅が関わってくるの?分かりやすく解説するよ。

ヤマト政権の時代、もっと言えば古墳時代は未だに謎めいた部分が多くある。

 

「ヤマト政権の中心は奈良県にあった」とか、「ヤマト政権は古墳時代に強い力を持っていた」だとかはもう通説になってきてるけど、

「ヤマト政権の勢力ってどこら辺まで影響あったのか」についてはイマイチはっきりしない。

 

そんなヤマト政権の勢力を窺い知るのに大きな助けとなるような、ある事件が6世紀に起きた。

 

これが、磐井の乱(いわいのらん)と言われるもの。

磐井の乱を詳しく見ていくと、6世紀ごろのヤマト政権の様子だったり勢力図だったりが結構見えてくる。重要な出来事なんだ。

 

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氏姓制度とは?その意味と違いについて。

前回ヤマト政権について結構詳しく見てきたけど、その中で「5世紀にヤマト政権の権力が増大した」って話をしたよね。

 

この時ヤマト政権と地方の権力者には、ある独特な制度があった。

 

その名も「氏姓制度」

 

これが結構分かりづらい。

詳しく見ていこう。

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ヤマト政権をわかりやすく。ヤマト王権と大和朝廷の違いについても。

古墳時代を学ぶなら絶対に外せないのが、「ヤマト政権(王権)」について。

 

このヤマト政権がね~、けっこう分かりにくいんだわ。

言葉自体が難しくてイメージしにくいものも多かったり、そもそも学者間でまだ論争中の話題があったり。

 

ヤマト政権の呼びかたについて・・・なんていう細かいとこまで議論されてたりね。

 

今回はそんなヤマト政権について詳しく見ていくよ。

※(この記事では一貫して「ヤマト政権」という表現をさせてもらうね。表現の差については本文で後に詳しくやるよ。)

 

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仏教”伝来”はもう古い⁉いつ、どこから来たか・覚え方も紹介するよ。

日本と仏教のかかわりは相当古くからある・・・ってことは、まあ誰でも知ってるよね。

修学旅行なんかで京都や奈良に行ったことがある人なら、奈良時代や平安時代に作られたお寺を見たことがあるはず。

 

東大寺とか有名だよね。

 

ところで。

じゃあ日本で一番古いお寺は一体いつ頃建てられたのか、というと・・・。

 

なんと奈良時代よりももっと前。古墳時代に建てられていたんだ。

もっと言えば、日本に仏教が入ってきたのも古墳時代(1500年くらい前)だということだね。

 

※(ちなみに日本最古のお寺は、飛鳥寺(あすかでら)。6世紀末ごろに建てられたといわれていて、飛鳥時代とも言う。

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古墳のあれこれ。③三角縁神獣鏡と邪馬台国のナゾ!

副葬品は古墳時代前期と後期でジャンルが異なるんだったよね。

前期では呪術的な銅鏡など、後期では武人的な武具などが副葬品となった。

 

 

ところで。

実はこの三角縁神獣鏡、以前話した「邪馬台国のナゾ」論争においてとっても大切なモノなんだ。

 

詳しく見ていこう。

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古墳のあれこれ。①竪穴式石室、横穴式石室ってなんだ?

古墳、と一言で言っても、時代や場所によってたくさんの違いがある。

古墳のカタチ一つ取ってみても、前方後円墳と前方後方墳の二種類あるしね。

 

このほか埴輪の形状の違いや古墳内部のお墓の形状の違い、さらには副葬品の違いなど様々。

 

今回はこれら古墳にまつわる様々なモノを見ていくよ。

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