平安時代

治承・寿永の乱をわかりやすく!①源頼朝の台頭

前回見た以仁王もちひとおうの挙兵”によって、治承・寿永の乱が幕を開けたんだったよね。

 

治承・寿永の乱は源氏と平氏による数々の戦闘の総称みたいなもので、平氏滅亡・鎌倉幕府樹立までの約6年間を指す。

 

この6年の間でたくさん戦いが起きて情勢も色々変わるから、わかりやすいように3部構成で行こうと思う。

今回はまず、源頼朝が台頭し始めた前半部分を詳しく見ていくよ。

続きを読む

治承・寿永の乱はなぜ起きた?以仁王の挙兵との関係

鹿ケ谷の陰謀を経て、清盛に不満を持った院の近臣は居なくなり、平氏の力は相対的にさらに強くなった。

しかし一方で、これまで良好を保っていた後白河法皇と清盛の関係は急速に冷えこむことになった。

 

そんな中、清盛率いる平氏側は「後白河法皇側の勢力が衰えた今こそ千載一遇のチャンス!」と考え、後白河法皇に対してクーデターを起こす。

 

このクーデターをきっかけとして、平氏は時代の覇者になるどころか一転、転落の道をたどることになる。

 

どういうことか、詳しく見ていこう。

続きを読む

鹿ケ谷の陰謀とは?簡単にわかりやすく。清盛のでっち上げ⁉

 

清盛はとにかく「立ち回りがうまい」という話は以前からしてきてるよね。

平治の乱にしてもその後にしても、とにかく極端に入れ込むということはせず、あくまで中立を維持していた。

 

結果、後白河上皇とも良好な関係を築きつつ、高倉天皇とも外戚として親密で朝廷内では不動の地位を確立した・・・かに思われた。

しかしまあ、そのうまく回っていた歯車が徐々に狂い始めるんだ、これが。

 

具体的にいうと、後白河上皇との良好な関係が壊れてしまったこと。

どういうことか、詳しく見ていこう。

 

続きを読む

保元の乱を簡単にわかりやすく!対立図でしっかりイメージしよう。

今回はいよいよ保元の乱本編とその後について見ていくよ。

 

保元の乱に至るまでの対立関係については、過去記事で詳しくやってるから分からない人はここから

 

保元の乱は、これまで続いてきた「藤原氏が政治の主導権を握る」時代が終わりを迎えることになる。

さらに源氏と平氏の対立が際立ったり、平氏政権への足がかりができたりね。

 

とにかく重要な乱なので、しっかり見ていこう。

続きを読む

保元の乱までの経緯をわかりやすく。③源為義と源義朝

保元の乱は、皇室の対立と藤原氏内の対立が原因のほとんどを占めている。

 

今回と次回では、この皇室・藤原氏の対立に付随する源氏、平氏内での対立を見ていくよ。

今回は源氏の方。

 

と言っても、源氏や平氏の対立は保元の乱の直接原因になったとは言えない。

むしろ、皇室内・藤原氏内の対立に“巻き込まれた”っていう方が近いんじゃないかな・・・と個人的には思ってる。

 

どういうことか、詳しく見ていこう。

続きを読む

保元の乱までの経緯をわかりやすく。①崇徳上皇と鳥羽上皇

さ~、今回からいよいよ平安時代も戦乱の世へと移り変わっていくよ。

蹴鞠けまりしてる場合じゃない。

 

今回のテーマである保元ほうげんの乱は、ハッキリ言って超分かりにくい。

何が分かりにくいって、保元の乱が起きるに至るまでの経緯が複雑すぎるのよ。

 

上皇と天皇、摂関家(藤原忠通ただみち頼長よりなが)の対立があって、そこに源氏・平氏内のゴタゴタ・・・これが全部絡んでくる。

既にめんどくさそうでしょ?

 

避けて通りたいけど、歴史上保元の乱はとっても重要な乱なのでそうもいかない。

というわけで、ゆっくり分かりやすく説明していこうと思う。

続きを読む

院政の仕組みを図で簡単にわかりやすく。北面の武士についても。

白河上皇/法皇による「院政」

前回の記事でも言ったように、「天皇の補佐的立場で、政治の実権を握る」という根本の仕組みは摂関政治とほぼ同じ。

 

違うのは政治の実権を握っているのが摂政・関白か、上皇かってとこだけだ。

う~ん、これだけの説明だと実にイメージしにくいよね。

 

というわけで、詳しく見ていこう。

続きを読む

白河天皇(上皇・法皇)の院政とは?摂関政治衰退との関係

延久の荘園整理令を断行し、摂関家でもある藤原氏の横暴に一石を投じた後三条天皇。

 

絶大な力を持っていた摂関家・藤原氏の不利益になるような、大胆な荘園整理令をなぜ後三条天皇が打ち出せたのかというと・・・。

後三条天皇に藤原氏との外戚関係がなかったからだ。

 

つまり後三条天皇が即位する=摂関家としての藤原氏の立場が弱まるということに繋がっていく。

そんな後三条天皇の子として次に即位したのが、白河天皇

 

白河天皇は、この後しばらく続く「院政」という政治の仕組みを確立していった人でもある。

今回は、白河天皇がどうやって院政を築き上げていったのか、詳しく見ていこう。

続きを読む