平安時代

国風文化期の物語文学をわかりやすく!竹取物語から源氏物語まで。

国風文化についてのざっくりした解説は前回やったとおり。

今回からは、より詳しく平安時代の国風文化について見ていこうと思う。

 

なんと言っても文学の発展が目覚ましいわけだけど、この分野って割と国語(古文)に当たると思うから、ちょっと日本史っぽくないと感じちゃうかも。

 

しかし侮るなかれ。

難関大学になってくると、日本史と古文の複合問題とか出てきたりするんだなこれが。

 

意外と重要なトコだから、しっかり見ていってほしい。

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国風文化をざっくり、わかりやすく!天平文化との違いについても。

平安時代の文化と言えば何文化?

・・・と聞かれたらここはズバッと「国風文化!」と答えてほしい。(笑)

 

江戸時代とかだと時期ごとにやれ元禄文化だ、化政文化だとゴチャゴチャして分かりにくいんだけど、平安時代では国風文化というくくりただ一つ。

 

まあでも、その内容はかなり濃いわけで。

特に文学の分野に目覚ましい発展があるのがポイントだよね。

 

他にも、建築の分野とか、仏教関連の面でも重要なものが多い。

 

個別の詳しい解説は次回以降にして、とりあえず今回は「国風文化の概要」を抑えていこう。

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治承・寿永の乱をわかりやすく!③平氏滅亡、鎌倉幕府へ

6年続いた治承・寿永の乱もいよいよ大詰め。

 

平氏最強の指導者清盛は死に、平氏は都落ち。一方で頼朝は義仲を退け主導権を握り、後白河法皇とタッグを組んだ。

この時点でかなり大局は決してしまった感じがしなくもない。

 

しかし、実は平氏は都落ちの際「あるもの」を持ち逃げしていて、これが大きな問題となる。

 

どういうことか、詳しく見ていこう。

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治承・寿永の乱をわかりやすく!②平清盛の死と源義仲の死

治承・寿永の乱第一部では、一度頼朝が敗走することはあったけれども、のちに頼朝は力を取り戻し復活。

さらに頼朝以外の源氏(甲斐源氏)等も相次いで挙兵したんで、源氏は平氏に対抗しうる戦力を得つつあった。

 

今回見ていく第二部では、平氏が直面した絶対的な力を持った「清盛の死」と、源氏が直面した「義仲よしなかと頼朝の対立」がメインになるよ。

 

それじゃあ、詳しく見ていこう。

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治承・寿永の乱をわかりやすく!①源頼朝の台頭

前回見た以仁王もちひとおうの挙兵”によって、治承・寿永の乱が幕を開けたんだったよね。

 

治承・寿永の乱は源氏と平氏による数々の戦闘の総称みたいなもので、平氏滅亡・鎌倉幕府樹立までの約6年間を指す。

 

この6年の間でたくさん戦いが起きて情勢も色々変わるから、わかりやすいように3部構成で行こうと思う。

今回はまず、源頼朝が台頭し始めた前半部分を詳しく見ていくよ。

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治承・寿永の乱はなぜ起きた?以仁王の挙兵との関係

鹿ケ谷の陰謀を経て、清盛に不満を持った院の近臣は居なくなり、平氏の力は相対的にさらに強くなった。

しかし一方で、これまで良好を保っていた後白河法皇と清盛の関係は急速に冷えこむことになった。

 

そんな中、清盛率いる平氏側は「後白河法皇側の勢力が衰えた今こそ千載一遇のチャンス!」と考え、後白河法皇に対してクーデターを起こす。

 

このクーデターをきっかけとして、平氏は時代の覇者になるどころか一転、転落の道をたどることになる。

 

どういうことか、詳しく見ていこう。

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鹿ケ谷の陰謀とは?簡単にわかりやすく。清盛のでっち上げ⁉

 

清盛はとにかく「立ち回りがうまい」という話は以前からしてきてるよね。

平治の乱にしてもその後にしても、とにかく極端に入れ込むということはせず、あくまで中立を維持していた。

 

結果、後白河上皇とも良好な関係を築きつつ、高倉天皇とも外戚として親密で朝廷内では不動の地位を確立した・・・かに思われた。

しかしまあ、そのうまく回っていた歯車が徐々に狂い始めるんだ、これが。

 

具体的にいうと、後白河上皇との良好な関係が壊れてしまったこと。

どういうことか、詳しく見ていこう。

 

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保元の乱を簡単にわかりやすく!対立図でしっかりイメージしよう。

今回はいよいよ保元の乱本編とその後について見ていくよ。

 

保元の乱に至るまでの対立関係については、過去記事で詳しくやってるから分からない人はここから

 

保元の乱は、これまで続いてきた「藤原氏が政治の主導権を握る」時代が終わりを迎えることになる。

さらに源氏と平氏の対立が際立ったり、平氏政権への足がかりができたりね。

 

とにかく重要な乱なので、しっかり見ていこう。

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