昭和時代

ブレトンウッズ体制とは?崩壊までの道筋をわかりやすく解説。

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時は冷戦の時に成立した体制がブレトンウッズ体制。

さかのぼると1944年と戦争中にアメリカのブレトンウッズでブレトンウッズ協定が結ばれていたんだけど、国際通貨基金IMFが1946年にできてIMF体制が整った事で

ブレトンウッズ体制が完成したってところだね。

このブレトンウッズ体制までの大きな大きな流れをおさえておくと理解が深まると思うから、是非最後までじっくり読んでみて。

 

ブレトンウッズ体制までの流れ

1929年の世界恐慌の後、各国はブロック経済圏を確立しちゃったね。

これはイギリスとかフランスが自分が持っている植民地との関税貿易協定を結んで、第三国とは取引しないようにブロックしたことだった。

まぁイギリスとかフランスは植民地を使って自由貿易していたのに、日本やドイツを追い出したから不満を持っていたわけだよね。

そういった事から第二次世界大戦につながっていったんじゃないか?日本やドイツも植民地を獲得するために戦争を起こしちゃったんじゃないか?

って反省から、ブレトンウッズ体制が渇望されたの。

 

世界恐慌の後は各国は金本位制を放棄していたんだけど、このブレトンウッズ体制で復活する事になるのさ。

ブレトンウッズ体制とは、

米ドルと各国通貨の交換比率を固定することで国際貿易を安定させて世界経済を発展させる事を目的とされたいたんだ。

 

今でこそ変動為替制度だら。2019年6月21日現在、1ドル=107.000~107.400あたりをいったりきたりしていているけど、

ブレトンウッズ体制では、1ドル=360円固定!という事で固定為替制度を取っていたの。

ドルに対して、他の通貨を固定する事で国際貿易を安定させたわけだね。

ドルは35ドル=1オンス(約28g)にて金兌換になっていた。つまり35ドル払えば28g分の金が手に入るという事だね。

金本位制や兌換紙幣、不換紙幣がよくわからない場合は、『金本位制とは? メリット、デメリットをわかりやすく』の記事を読んでね。

 

戦前の金本位制と違うところは、戦前は各国の通貨が金と交換されたけど、

ブレトンウッズ体制では、金との交換の間にドルを挟んでいるという点だね。

 

日本にとっては、1ドル=360円という今の基準から考えてもかなり円安(円の価値が低い)状態だったわけ。

1ドル=360円(円安)
1ドル=107円(円高)

つまり、円安になると『輸出に強い』というメリットがあって、日本は日本の製品をどんどん輸出して高度経済成長に突入していくんだよね。

ブレントウッズ体制は日本にとっては、急激な経済成長を促すブースト役になったわけなんだ。

 

ブレトンウッズ体制の崩壊

ブレトンウッズ体制は1971年のニクソンショックまで続くよ。

ドルは紙幣だから増やそうと思えば、理論的にはいくらでも増やせるわけだけど、金ってのは限りがあるから増えないじゃん?

ドルばっかり増えちゃって、金は増える事はないから、

『もう!金足りないぃ!!ドルとの交換停止する!』

っていきなりニクソンが発言したんだよね。

それでドル固定の固定為替相場は崩壊していく事になるんだ。

 

これで各国は固定為替相場ではなくて、変動為替相場に移行していく事になって

現代みたいに通貨の価値が日々刻一刻と需要や供給で変化する事になるんだね。

 

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