ボアソナードって響きかっこよくない?
この名前、明らかに法律に強い感じするもんね。
明治政府はね、条約改正に向けて日本を近代的な国家にしたかったら、法律の整備にも力を入れていたんだよ。だから、諸外国の法律に強いフランス人、ボアソナードをお雇い外国人として雇っていたわけ。
そんな、ボアソナードと民法典論争はセットで知っておきたいことだね。
ボアソナードがしたこと
ボアソナードは民法と刑法を整備したよ。
1880年刑法公布、1882年施行
法律の規定が無ければ、罰しちゃダメ!という近代的な罪刑法定主義なんだね。
ここで覚えておいて欲しいのが、「姦通罪」ね!
俺は高校生の時に、高校の先生がなかなかセンセーショナルに教えてくれてさ。
『姦通罪ってのは、配偶者がいるのに他の男とヤることだよ。
貫通したら姦通罪で犯罪な!』
と、がっつり下ネタ言ってくれてね。えぇ、まぁ、覚えましたよ。
これは日本の家制度をしっかり守るための法律でさ、姦通罪と堕胎罪ってのを設けて、妻は不倫したり子供を堕ろしたら犯罪!ってことにしたんだよね。
次に民法。
1890年に公布したんだけども、フランスの民法が個人主義的でさ。日本の家制度に合わない部分が多々ありまして・・・・施行は無期延期になっちゃったの。
これが民法典論争なんだよね。
民法典論争とは?
ボアソナードが草案を起草した民法は旧民法(ボアソナード民法)と呼ばれましてね、日本の実情にあまり合わなかったのさ。
日本の国情に合ってねぇじゃん!!どうする!??
といった具合で論争が起きたの。これを民法典論争と言うわけなんだね。
民法出デゝ忠孝亡ブ(みんぽういでてちゅうこうほろぶ)
とまで言われちゃって、民法出たら古き良き日本の忠孝という儒教の精神が滅んじゃうよねー。ということになったわけだね。
この結果、1890年に公布したんだけども1892年に延期!ということになって、結局戸主権を重視した新民法になっていったわけだね。