吉田茂の政策と功績をわかりやすくまとめていくよ。

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終戦直後の日本は、まさに「激動の時代」ともいえる混乱ぐあいだった。

 

GHQによるいろんな政策で、いままでの日本から大きく変わっていったもんね。

 

そんなゴタゴタな日本を立て直すため、全力を注ぎ数々の功績を残した総理大臣がいる。

その名も吉田茂

 

「戦後のゴタゴタをうまくまとめて、日本を復活させる道しるべを作った」として一般的に評価が高い総理だ。

そんな吉田茂首相の行った政策を、ダイジェストで見ていこう。

吉田茂内閣の政策

 

まず最初に、吉田内閣は全部で「5つ」ある。

このうち、一番重要なのは第三次吉田内閣だ。このとき、後に功績となる様々な政策が行われたよ。

 

第一次吉田内閣

第一次内閣は、まだ日本国憲法が施行されてもいなかった1946年に発足した。

 

農地改革や日本国憲法の公布・施行は第一次吉田内閣のときに行われたよ。

 

  • 教育基本法、学校教育法
  • 労働基準法
  • 傾斜生産方式

 

教育基本法や学校基本法では、男女の共学化とか義務教育を9年にすることとか、現在の教育システムの基本が作られた。

 

未だに「小学校6年・中学3年・高校3年・大学4年」の仕組みは続いてるよね。

 

労働基準法も現在に通じる重要な法律だね。

週48時間までの労働時間を定めたり、子供の深夜労働を禁止したりといった法律だ。

 

傾斜生産方式は、日本の経済立て直しにめちゃくちゃ貢献した政策。

経済をよくするためには、様々な分野で「石炭」と「鉄鋼」が必要だから、この2つに重点を置いて生産しよう!という政策だ。

 

傾斜=重点をおく、という意味で考えてOK。

 

第二次吉田内閣

第二次はゴタゴタもあって一瞬で終わった。そのすぐ後に第三次吉田内閣が誕生するよ。

一応この時、GHQの指令がらみで、経済安定九原則っていうインフレ対策の政策はやり始めた。

 

第三次吉田内閣

さあ一番重要な第三次。1949年からの内閣だ。

ここでもGHQがらみの様々な政策が行われたんだけど、

 

  • レッドパージ
  • 経済安定政策
  • サンフランシスコ平和条約の締結
  • 日米安全保障条約の締結

 

ここら辺が特に重要だね。

 

サンフランシスコ平和条約とか日米安保とかはまた詳しく説明するけど、サンフランシスコ平和条約の締結でGHQの占領政策が終わりを告げる。

吉田茂はこの条約を締結するのに尽力したんだ。

 

GHQの支配を早めに終わらせることに成功した点でも評価されているんだ。

 

第四次吉田内閣

第四次は吉田茂の失言ですぐ終わっちゃったから特になし!

 

第五次吉田内閣

この頃になると、吉田茂の支持率が(失言や、他の政治家への支持率の移行で)落ちてきてしまっていた。

そんな中強引にいろいろな政策を行う。

 

  • MSA協定
  • 警察法改定

 

とか。

特にMSA協定ってのは、日本とアメリカの協力関係を強化するもので、簡単に言うと「アメリカが日本に経済協力してあげるから、かわりに日本は軍備増強して!」っていう協定。

 

これがもとで現在の自衛隊が誕生する。

 

 

こんな感じで、吉田茂の絶頂期は第三次のころ。

そのあとの第四次と第五次はあんまりいい政策ばかりではなかったけど、全体でみれば日本を復活させる土台を作ったとして功績がたたえられているんだよ。

 

 

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