世直し一揆とええじゃないか運動は長州の思惑?

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なぁ、ええじゃないか!ええじゃないか!!

今のは下ネタだよ。気づいたかな。幕末のええじゃないか運動ってのはなんでもアリの半狂乱だったらしく、今みたいな下品な下ネタでも許されていたと思うよ。

このええじゃないか運動と世直し一揆に関しては、実は長州が仕組んだものなんじゃないか?という噂もあるんだわ。要は世間を混乱させて、討幕をしやすくするみたいなね。

今日はそんな、ええじゃないかと世直し一揆についてだよ。

間違っても男子諸君は女子に言い寄る時に、「ええじゃないか!ええじゃないか!」なんて言わないようにね。

 

ええじゃないかとは?

ええじゃないかが大ブームとなったのは、1867年の秋から冬にかけてだね。

場所は、東海道・近畿・四国地方のこと。

 

資料にも良く出るけど、一恵斉芳機(いつけいさいよしき)の『豊饒御蔭参之図』(おかげさんのず)に描かれているよ。

人々が狂って、「ええじゃないか!ええじゃないか!」と騒ぎまくったことだね。

実は冒頭の下ネタは意図がありまして。

性の解放すら訴えていて、「誰とやっちゃってもいいじゃん!」って具合で、本当になんでもええじゃないか!くらいのノリだったんだよ。

何やっても許される的な。

空からお札やお金が降ってきたり、米屋を襲ってお米を奪ったり、両替商を襲ってお金を奪ったり。

と、暴動ですね、完全に。

それほど人々の不満や鬱憤てのは溜まっていて、暴れまくってたらしいよ。その結果、京都と大坂じゃ収集のつかない状態になっちゃって無政府状態、アナーキーになっちゃったわけね。

こって長州からすると都合の良いことだからさ。だって江戸幕府は京都に警備を置いていたし。

 

これが、ええじゃないか運動だね!

お前の奥さんとやっちゃっても、ええじゃないか!なんて、とっても羨ましいね!!

 

世直し一揆とは

 

世直し一揆についてはしっかり理解しておいてよ。

前にも話したけど、開国して外国の貿易するようになってさ。日本の生糸やらお茶やらが大量に海外に輸出されたのね。五品江戸廻送令とかも覚えているかな?

覚えていない人は、最高の覚え方があるから過去記事見てよ。

 

で、物価が高騰しまくったんだったよね!庶民はもちろん不満タラタラ。

しかも、もっとすごいよ。諸藩の財政が悪化してたからさ、開国させられるし、戦争して負けるしね。お米が豊作の時でも米を備蓄しておいて、いざという時のために蓄えておいたのね。

お米が市場に出回らないじゃん?ショーック!ダブルショーック!!(ダブルできたねぇ)

ってことで、庶民は世直し一揆を起こすわけなんだよね。

 

もちろん庶民の一揆だから、簡単に藩によって鎮圧されちゃうんだけど100件以上一揆が起きていたわけだから、いかに庶民が藩に対して不満を持っていたかがわかるよね。

藩に不満を持っているということは、つまり江戸幕府がちゃんと機能できていない!ということを物語っているよ。

世直し一揆の中でも、「武州一揆」というのが1866年に起きていて、日本史Bでは最も注目されている一揆だからチェックしておいてね。

武州一揆は武蔵国で起きた一揆だよ。

武蔵国ってのは、今の東京・埼玉・神奈川の上の方だから江戸に近いっしょ。だから有名なわけ。これも物価高騰が原因で打ちこわしが起きたんだよ。

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