弥生時代ってどんな時代だった?北海道に弥生文化は無い!?

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さて、今回からは縄文時代を抜け出し、弥生時代へと移っていくよ。

弥生時代になると、人々の生活に大きな変化が訪れる。

 

そう、「農耕社会」の誕生だ。

今回は弥生時代の概要を見ていくよ。

 

弥生時代は「前期」「中期」「後期」(いまのところ)

そもそも弥生時代と縄文時代は何が違うのか。

 

研究者たちが出した結論は、“農耕社会であるかどうか”という点が両者を大きく分けるポイントだということ。

つまり弥生時代では、今僕らが食べているコメをはじめとした、稲作が始まっていたんだ。

 

弥生時代は「前期」「中期」「後期」に分けられている。

だけど最近では、この三つの前に「弥生時代早期」を置く考え方が主流になりつつあるという。

 

というのも、実は縄文時代晩期ごろから稲作が始まっていたことが分かってきて、「稲作の開始が弥生時代の開始だとしたら、縄文晩期って弥生時代なんじゃね?」という考え方に変化してきたからだ。

弥生時代の特徴

弥生時代は、中国など日本以外の場所からやってきた「渡来人」たちが稲作を始めたことで始まったと考えられている。

縄文人と渡来人が混血しながら人口を増やし、九州から西日本、東日本、東北へと広まっていった。

 

弥生時代は、稲作開始によって縄文時代から大きく変化した部分がたくさんある。

例えば、戦争の開始。

 

縄文時代まではみんなで協力して採取したり狩猟したりしていた(逆に協力しないと成果が得られなかった)。

しかし稲作が開始されると、集落ごとに豊作・不作など不平等が生まれ始める。

 

すると、「おい隣の集落めちゃくちゃ豊かだぞ。無理やり奪ってやろうぜ!」と考える輩が登場して、集落ごとに戦乱が巻き起こることになる。

 

このほか、稲作によってゲットしたコメなどを調理するための、実用的な土器(弥生土器)なんかも作られていった。

 

 

稲作開始による変化以外にも縄文との違いはいろいろある。

中国から伝わって日本で普及したものとして有名な「金属でできた道具・武器(青銅器など)」は弥生時代から使われ始めたし、機織(はたおり)も弥生時代から始まった。

 

このほか、お墓も進化した。

今でいう墓石みたいなものが置かれ始めたり、棺という概念が生まれたり、遺体と一緒に埋める「副葬品」が登場したり・・・。

 

とにかく弥生時代では、独自の文化の発達が著しい。

今回挙げたものについては、以降の記事で詳しく見ていくよ。

北海道では弥生文化が見られない!?

弥生文化は、冒頭の方で言った通り九州~西日本~東日本~東北、という流れでどんどん北上していったんだけど、北海道までは伝わらなかった。

 

じゃあ北海道はどんな文化だったのか。

 

北海道では、本州のほうで弥生文化が盛り上がっている一方で、縄文時代の影響が色濃く残る「続縄文文化」が形成された。

鉄を使うようになった点においては弥生文化と同じなんだけど、農耕が行われなかったこと・狩猟と採取で生活していたこと・土器が縄文風であることから弥生文化とは異なるんだ。

 

北海道は独自の文化を築いていったんだね。

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