山脇東洋は西洋医学の火付け役!?古医方ってなに?

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さあ、今回から本格的に宝暦・天明文化の学問について見ていくよ。

 

今日紹介するのは、江戸時代で初めて人体の解剖図を書いた医者山脇東洋(やまわきとうよう)だ。

 

山脇東洋は古医方(こいほう)を学んだ

山脇東洋は、古医方と呼ばれる、江戸時代の医学の一種を勉強した。

 

この古医方というのは、

“中国の「唐」の時代よりあとの医学はただの机上の空論だ!”

“唐の時代より前の医療のように、実験することで最適な処方をするべきだ!

という思想から生まれた。

 

この古医方を学習したことで東洋は、実験医学を率先して行うようになる。

日本初の解剖図録『蔵志』

実験を重んじた東洋は、日本で初めて人体を解剖し、実際に人間の体内を観察した。

 

その結果、当時の漢方医学の通説「五臓六腑説(人間の体内は五臓と六腑で出来ている)」とした考え方がおかしいことを発見し、その成果を「蔵志」として記した。

 

この研究結果は、当時中国の医療しか入っていなかった日本の医学界にとって大ニュースだった。

さらにこの結果は、オランダからもたらされつつあった西洋医学の正確さを証明することにもなった。

 

東洋の『蔵志』に触発されて、杉田玄白たちは『解体新書』にとりかかったという。

まとめ

山脇東洋は、日本で初めて人体解剖しそれを図録とした。

後に生まれるより正確な解剖図録『解体新書』ができるきっかけを作った人でもあるんだよ。

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