山鹿素行の思想は「聖学」!?陽明学や朱子学を批判

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前回は陽明学者・熊沢蕃山について見てきたね。

幕府を批判したことで幽閉されてしまうことになるけど、のちに彼の思想は倒幕運動の原動力となっていくんだったね。

 

今回は、幕府の支持する「朱子学」、中江藤樹や熊沢蕃山が学んだ「陽明学」そのどちらをも批判した山鹿素行(やまがそこう)について見ていこう。

 

山鹿素行は「古学派」

山鹿素行は、幼いころから様々な学問を習得した。

9歳の時に朱子学を学び、15歳で軍学(戦術に関する学問)、神道などを学んだ。

 

素行は成長していく中で、朱子学の教えに疑問を持つようになる。

そもそも朱子学や陽明学というのは、それぞれ中国の思想家が孔子や孟子の教えを派生させたもの。

素行はこれを批判して、「孔子や孟子の真の考えを学ぶべきだ!」という古学派を主張する。

そして、自分の思想を聖学と呼ぶようになった。

 

聖教要録で朱子学を批判!

素行は、朱子学の「理想論的」である部分を批判。

聖教要録では、日常のなかで実践を重んずるべきとした。

 

しかし、幕府が支持していたのは当時朱子学だったから、これを幕政批判ととらえた幕府は素行を捕まえ、流刑に処してしまう。

 

まとめ

素行は朱子学を批判したことで幕府から目を付けられ罪を負わされてしまう。

しかし「古学派」は後に荻生徂徠といった思想家に受け継がれていくことになる。

 

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