歌川広重の作品の特徴とは?『東海道五十三次』の与えた影響【後編】

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前回は、歌川広重の生い立ちについて見てきたね。

いよいよ今回は、『東海道五十三次』についてだ。

『東海道五十三次』の国内外での影響

広重が幕府の命で京都への旅に出た際、その旅の風景は広重にとって非常に印象的だった。

そのため、道中の風景をひたすらスケッチしたという。

 

この道中の53の宿場(+スタート地点とゴール地点、計55枚)をテーマに描いた浮世絵『東海道五十三次』を描き上げる。

・・・という話だったんだけど近年では『本当は広重旅に行ってないんじゃないか?』と考えられている。

記録によると、どうも広重は幕府の命が出る前に隠居していたらしい。行けるはずがなかった、というんだ。

この作品は、以前に出ていた東海道の名所を模写したものなんじゃないか、とも言われている。

 

とはいえ日本を代表する美術品には変わりないんだけどね。

 

  • 東海道五十三次から『日本橋』

 

日本で大人気となり後の画家たちにも大きな影響を与えたんだけど、何より海外への影響がものすごい。

 

まずモネやゴッホといった印象派の画家たちに対して多大な影響を与えた(ゴッホは広重の浮世絵を模写したりしている)。

また、北斎と同じくヨーロッパでのジャポニズム(日本ブーム)旋風を巻き起こすのに一役買っている。

 

広重の浮世絵で特徴的な美しい藍色(青色)は、“ヒロシゲ・ブルー”なんて呼ばれている。

後編まとめ

歌川広重や葛飾北斎は、西洋画の技術を吸収し逆に西洋に影響を与えてしまうという、世界的に見ても非常に偉大な画家だったんだね。

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