町人請負新田を分かりやすく。資金難の幕府が町人に泣きついた!?

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江戸時代の歴史を勉強するうえで押さえておきたい内容の一つが、「町人請負新田」だ。

 

言葉通り、「町人が開発を請け負った新田」のこと。

 

これの何が重要なのか、ぱっと見よくわからない。

 

でもこの「町人請負新田」がきっかけで、たくさんお金を持っていた商人がさらにぼろ儲けしていったんだよ。

 

 

幕府はなぜ町人に新田を作らせたの?

 

そもそも新田開発は、幕府の財政難を解消するために行われていたものだ。

単純に田んぼを増やして年貢を増やそう、という考えだね。

 

しかし幕府にお金はないから新田開発する余裕もない。

 

そこで、「みんな新田作って下さいよ~」と庶民らにお願いし始めたんだ。

 

江戸前期から幕府や藩が積極的に奨励して官民問わず行われていた。

 

村請新田や土豪開発新田、代官見立新田などがある。

 

新田開発の“オイシイところ”というのは開発してから数年間は「免税」されるということ。

 

まあこうでもしないと新田開発する方にメリットがないもんね。

 

町人請負新田でぼろ儲け!

 

町人請負新田はさっきも言った通り「町人が開発を請け負った新田」。

町人請負新田で有名なのが大坂の豪商「鴻池」による新田開発だ。

 

江戸で最大の新田といわれる「鴻池新田」もこの鴻池が作った新田。

東大阪市全域の広さだったという。

 

もちろん作るための経費はとんでもない額になる。

 

しかし闇は深いもので、実は商人が幕府に「いやー、こんなでかい新田開発、町人1人の手には負えませんや」と言って“新田開発やめよっかな~”的な雰囲気を出すと、幕府が資金援助をしてくれていたというんだ。

 

こうしてグレーなやり方で幕府からの援助も受けつつ、鴻池など有力商人たちの新田開発が行われた。

 

で、新田がいったんできてしまってからは、もうぼろ儲け。

 

数年間は税がかからないから、小作人たちに新田を耕すのは任せて小作料を取れば何にもしなくてもお金が転がり込んでくる。

 

また、鴻池新田ほどデカい田んぼになると収穫できるコメの量も尋常じゃないから、小作料を除いても大きな利益が出た。

 

こうして、有力商人がさらに力を持っていくことになった。

 

まとめ

 

有力な商人たちが新田開発をこぞって行った理由は、ぼろ儲けできるから。

 

こうして商人たちはどんどん力をつけていったんだ。

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