東洲斎写楽は役者絵の異端児であり、「謎多き絵師」【前編】

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前回は、美人画を極限まで突き詰めた浮世絵師・喜多川歌麿について見てきたね。

美人画を大首絵として描く新しい表現法で、世間をあっと驚かせたんだよね。

 

今回紹介するのは、“謎の浮世絵師”東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)について見ていくよ。

 

東洲斎写楽の謎とは。

いきなり話の核心に入っちゃうけど、実は東洲斎写楽という浮世絵師は非常に謎が多い。

生没年や経歴なんかも詳しいことがわかっていないんだけど、一番の謎は「浮世絵師としての活動期間がたった10か月」という点。

たった10か月の間に140点にも及ぶ作品を次々に刊行し、その後忽然と姿をくらましてしまう。

以後、写楽によって絵が出版されることは無かったというんだ。

 

う~ん、実に謎だ。

 

最近の研究では、写楽の正体は徳島藩の能役者斎藤十郎兵衛(さいとうじゅうろべえ)という人物ではないか、という説が有力になっている。

一説には、「東洲斎」を並べ替えると「斎・東・州(さい・とう・じゅ)」と読める、なんてことも言われているよ。

 

未だになぜ短期間で制作活動を止めたのかは分からない。謎多き浮世絵師だね。

 

前編まとめ

写楽=斎藤十郎兵衛説は確定したわけではないけど、江戸の知識人が記した書物などに、「江戸に写楽斎という人物が住んでいた」などと書かれていたことで有力な説になっている。

 

しかしまだ確たる証拠は出てきていない。

 

後編では、写楽の作品の特徴について見ていこう。

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