大政奉還とは?簡単にわかりやすく説明するよ!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

いよいよ討幕も最終局面を迎えるね。

薩摩と長州が手を組んで、薩長同盟を行ったのが1866年。長州は薩摩から武器を手に入れることによって

同年の第二次長州征伐では江戸幕府との戦いに勝利したよね。

今回は、この大政奉還についてわかりやすく解説するよ。

 

大政奉還とは?

15代徳川慶喜が征夷大将軍の資格を朝廷にお返しすること!

これが大政奉還だ!わかったか!

1867年10月14日のことだね。

 

江戸幕府にも狙いがあってさ、

「討幕派が武力行使してきそうで、やべぇから、やられる前に大政奉還しちゃおうぜ」
「今のうちに大政奉還してさ、政治の大権を朝廷に返して~、実際は政局運営に携わろうよ!」

ということなのです。

つまりね、第二次長州征討で江戸幕府負けたじゃん?長州に。

で、江戸幕府の弱体化はどの藩からも火を見るより明らかだったから、遅かれ早かれ薩長連合にやられると思ってたのね。

そんな中、公卿の岩倉具視が薩摩藩と手を組んで武力で攻めてきそうだったから、大政奉還しちゃったわけだね。

 

これには、土佐藩の藩主山内豊信(やまうちとよしげ)が絡んでる。

土佐藩と言えば、坂本龍馬でしょ?

坂本龍馬は海外の影響を多分に受けてて、「船中八策」という国家体制論の中で、大政奉還について理想を掲げているんだよね。それを後藤象二郎が藩主の山内豊信に進言して~

山内豊信が慶喜に建白を出したわけだね。

徳川慶喜も朝廷と幕府の二元体制には限界を感じていたから、すんなりと受け入れて薩長にやられる前に大政奉還しちゃったわけ。

 

討幕派はどう思ったか?

江戸幕府の狙いとしては、「幕府を討ってやるぞー!」と意気込んでいる時に、

「江戸幕府解散しまーす!」

と言われちゃったら、肩透かしくらうじゃん。

大島優子を総選挙で1位にするぞー!って意気込んで、1年間アルバイトしてお金貯めまくって、「次のCDは爆買いだ!」「はやくシングル出てくれー!」って時に、「解散しまーす!」なんて言われちゃったら・・・ね・・・
という江戸幕府の狙いがあったわけだ。話逸れたけど。

おじさん古いから大島優子くらいしか知らないんだけど、ゴメンな。

 

でもね、討幕派はそれじゃ満足しないの。

幕府ぶっ倒すつもりだったからさ!

ということで、大政奉還の同日に、「討幕の密勅」を得るというウルトラC技を見せて、武力で江戸幕府を倒そうとするわけだね。

ここから戦争が起きるの。「討幕の密勅」に関しては次回話すから。

大政奉還についてはここから辺にしとくよ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

当ブログの有効的な使い方

「大学受験の日本史を極めるブログ」は使い方1つで、結果が大きく違ってきます。

・国公立・早慶レベルまで知識を深めるには?
・知識を定着させるアウトプットの方法は?
・良くわからない時はどうしたらいいの?

そんな悩みを解決する、当ブログの使い方をじっくり読んでみてください。

当ブログの使い方はコチラ

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*