藩政改革

長州藩・村田清風の藩政改革!越荷方をわかりやすく!

前回は、薩摩藩の富国強兵について見てきた。

島津斉彬による大規模な近代的工場の建設で、軍事力・技術力が大幅に強化されたんだったね。

 

今回見ていくのは、長州藩(山口県あたり)の藩政改革について。

 

主導したのは、村田清風(せいふう)という人物だ。

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薩摩藩・調所(ずしょ)広郷の藩政改革!雄藩への道【後編】

前回は、薩摩藩の大胆な財政再建政策「無利子250年分割払い」について見てきたね。

 

商人を脅して無理やりこの250年ローンを認めさせ、これによって毎年の藩の出費を大きく削ったんだった。

 

しかし!調所広郷の政策はこれだけで終わらない。

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上杉治憲(鷹山)の藩政改革!上杉家の歴史をおさらい【前編】

藩政改革では、名君と言われる、改革を大成功させた人が何人か存在する。

 

前回は、細川重賢について見てきたね。

 

今回は藩政改革での活躍はもちろんのこと、「江戸時代屈指」と言われる名君・上杉治憲(はるのり)、またの名を上杉鷹山(ようざん)という人物に迫る!

・・・その前に。なんで米沢藩が酷い財政難に陥ってしまったのかを抑えておこう。

米沢藩の財政難は「関ケ原」までさかのぼる

 

上杉治憲は、米沢藩の9代藩主。

治憲は数々の改革を行うんだけど、そもそもなんで改革が必要だったのか。

 

大きな原因は、関ケ原の戦いで家康と敵対していたため。戦後大幅に領地を減らされてしまった。

 

これで一気に財政難に陥るんだけど、当時藩主だった上杉景勝は武士たちを全くリストラしなかった。

 

まあこれ自体はいい話なんだけど、藩の資金がガッツリ減った中で人員はそのままだから藩の財政難が一気に加速する。

 

続く上杉家(米沢藩)の苦難

泣きっ面に蜂とはこのことで、米沢藩の跡継ぎが生まれる前に3代藩主が死んでしまった。

 

当時家を継ぐ者がいない場合は家を取り潰しされてしまうことになっていた。

 

この危機は親戚の保科正之(江戸屈指の名君と言われたあの人ね)によって救われる。

しかしこのお家取り潰し騒動によってさらに領地を減らされてしまう。

 

その後も無能な藩主続きで財政はもはやガッタガタ。それでも武士はリストラしなかった。熱い義の精神が根付いていたんだろうか・・・。

 

そんな窮地に登場したのが、上杉治憲だったわけだ。

前編まとめ

 

立て続けに大きな問題が重なり、米沢藩はもはや立ち直れるか分からないほどの財政難に陥っていた。

上杉治憲は、いったいこの苦難をどうやって乗り越えるのか。

 

後編でその内容に迫るよ。

細川重賢は熊本の藩政改革を主導した名君!

前回は、藩政改革の概要について見てきたね。

藩の経済を大改革して、財政難を乗り切ろうとしたもので、成功した藩もあれば失敗して崩壊する藩もあった。

 

今回は藩政改革に成功した藩の中から、熊本藩の名君と称えられる細川重賢(しげかた)について見ていくよ。

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藩政改革で生まれた「雄藩」ってなに?成功した藩、失敗した藩

今回見ていくのは、幕府ではなく、藩。

 

江戸中期あたりから、各藩は財政難を乗り越えるため、財政を再建するために数々の改革を行うようになる。

 

この改革が大成功した藩は大きな力を持つようになり、幕末では「倒幕運動」にも関わる需要なものになっていく。

 

今回は藩政改革について、その概要を説明していくよ。

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