日中戦争

日米通商航海条約破棄をわかりやすく。仏印進駐へ加速する!

第二次世界大戦(1939~)が始まったころの日本は、やれ日中戦争だ、やれノモンハン事件だとあちこちで戦争をしていたね。

 

この時点で中国とソ連を相手取っていたんだけど、なんと今度はアメリカとまで対立を深めていくことになる。

その大きなきっかけとなったのが、明治時代から代々続いてきた「日米通商航海条約の破棄」という出来事。

 

これを機に日本はどんどん戦争の泥沼にハマっていくことになる。

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援蒋(えんしょう)ルート遮断はなぜ?簡単にわかりやすく。背後にいる国に注目

日中の対立が激化して、北支事変から支那事変へと名称が変わるほど全面戦争化し始めた。

日本が南京を占領したことで、国民党は拠点を重慶という都市に移してなおも抗戦を続けるんだった。

 

ところで、この戦争は日本と中国の間での戦争に思えるけど、この背後には中国に利権を持つイギリスやアメリカ、ソ連が深くかかわっている。

実はこれが太平洋戦争への布石にもなっているんだ。

 

どういうことか詳しく見ていこう。

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日中戦争の様子や背景をわかりやすく。日中戦争に勝敗はついたの?

さて、これまでの記事で日中戦争へ突入してしまった経緯と日本の様子については確認してきた。(知らない人はこのへんhttp://jahistory.com/hirota-kouki-naikaku/からチェックだ!)

 

ではいよいよ泥沼の日中戦争について詳しく見ていこう。

1937年に始まって以来ずるずる長引き、結局太平洋戦争に突入して日本が降伏する1945年まで、実に8年近く続く戦争になる。

 

まず最初に、タイトルにもある「日中戦争に勝敗はついたの?」という問いかけの答え。

明確な勝敗は「ついた」。日本の敗戦だ。

 

だけど、この敗戦は「中国に攻め込まれて日本が降伏した」という単純な話ではないんだ。

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配給制、切符制の違いとは?国家総動員法が関係しているぞ

前回、国家総動員法の制定とそれに伴う“勅令”について見てきたね。

総力戦体制に入るため日本は、国のヒト・モノを良いように動かせるようにしてしまったんだったね。

 

国家総動員法の影響で、一般国民がふつうの生活をするために必要な「食料」や「生活必需品」も国に統制されることになる。

その代表的なものが、「配給制」「切符制」という制度だ。

 

詳しく見ていこう。

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国家総動員法とは?簡単にわかりやすく!第一次近衛内閣の統制政策

「総力戦」、または国家総力戦って言葉を聞いたことある?

 

国が持つすべての力、ヒトもモノも何もかもを「戦争に勝つ」という目的のために投入するという戦争のやり方だ。

第一次世界大戦の時点ですでに総力戦が行われつつあったんだけど、本格的に総力戦となったのは第二次世界大戦だ。

 

日本は、日中戦争を始めたあたりから総力戦体制に移行しようとする。

そして、この総力戦を行うために日本が制定した、ある法律。

 

これは、国民の人権を全く保障しない、恐ろしい法律だった。

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国民精神総動員運動を簡単にわかりやすく!背景の世界恐慌や標語のまとめも。

第一次近衛内閣が採った中国への強硬策。

結果として和平交渉を自らふいにし、逆に戦闘が長引いたことに焦って和平を結ぼうとした第二次、第三次近衛声明も効果が上手くいかず。

 

一方で満州国にいる現地軍は、満州を守るべく華北分離工作をしたところ、逆に強い反感を買って中国は徹底抗戦する構えになってしまった。

もうここまでくると、全面戦争に突入する未来しか見えなくなってくる。

だけど日本はこのころ、かなりおサイフ事情が厳しかったんだ。

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近衛声明を簡単にわかりやすく!第一次近衛内閣で3回出されたぞ。

前回は、近衛文麿率いる第一次近衛内閣の一連の動きを見てきたね。

 

まあ、酷いもんだ。何とか平和的に解決できそうだったものを、ことごとくパーにしてたもんね。

結局盧溝橋事件の不拡大方針は撤回されて、全面戦争、いわゆる日中戦争に突入してしまったんだった。

 

ところで。実は、日中戦争が始まってしまってからも和平交渉のチャンスは作られていたんだ。

これに近衛がどう対応したのか。

 

・・・これまでの様子からなんとなく想像がつくかもね。詳しく見ていこう。

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盧溝橋事件とは?原因・理由をわかりやすく

1930年代後半、日本は戦乱の時代へと突入していくんだ。

盧溝橋事件、漢字が難しいよね。

高校受験ではひらがなでもよかったけど、大学受験ではそういうわけにはいかない。(センター試験はいいけど)

ぜひ漢字も合わせて覚えよう。

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